驚きのカンツォーネナポリターナ

仕事でナポリに行く機会があった。私も長年下手ながらカンツォーネを歌っているので、この機会に本場のカンツォーネを聞いてみたいと思った。

 ホテルのコンセルジュでどこかないかと尋ねてみるとあるあると言う。予約を取ってもらって出かけた。着くと大勢の客が並んでいる。そこはカンツォーネを聞きながら食事もできるおあつらえ向きのシアターレストランであった。

 テーブルに案内され、飲み物の注文を訊かれる。ワインを頼み、それから食事もついでに頼んでおいた。しばらく回りは騒がしかったが、司会の人が出て来てこれからステージが始まると挨拶した。

 私はわくわくしながら、司会の人の話を聞いた。「これからステージが始まりますと、2時間が外へ出るのは遠慮下さい」と当たり前のことを述べた。どうもその司会の人がオーナーでかつ歌手のようだった。

 ワインが開けられ、それをやりながらステージが始まるのを待った。伴奏者が出て来て挨拶するとピアノ演奏が始まる。カンツォーネはまだかと待ち遠しかったが仕方がない。

 ピアノ演奏は下手だった。ちょっと不吉な予感がしたが、ここは本場。イタリアっぽい歌が聞かれると下手なピアノを我慢して聞いていた。何曲かピアノ演奏があって、いよいよカンツォーネが始まる。

 先ほどの司会者とその娘さんと思しき人が挨拶をするためにステージに現れた。なかなかもったいぶっている。私はそんなのどうでもいいから早く歌を歌えと心の中で思っていた。

 私は一週間もイタリア語に滞在しているので、少しは話せるようになったが、聞くのは全くできない。先ほどの説明も隣に座っている人に英語で通訳してもらった。

 そんな司会の人の口上が続いたが私には何を言っているのか、皆目分からない。でも辛抱しながら長い話を聞いた。カンツォーネの歴史のようなことを話しているのかも知れない。

 最初の歌は有名な「’O sole mio」だった。ピアノ伴奏が始まり、歌手が歌う構えをしている。わくわくして聞いていた。このカンツォーネの伴奏は短い。すぐ歌が始まった。

 歌が始まった時は仰天した。下手以下だった。聞くに堪えない発声をして、節回しばかりに気を使っている。2コーラスを彼は歌った。私はげんなりしたが、我慢をしていた。ひょっとすると主役は娘さんでそちらは上手いのかも知れないと希望とも祈りとも付かない気持ちで娘さんの登場を待った。

 でも「’O sole mio」をその司会男が歌いきると会場からはやんやの拍手とともに「ブラボー」と観客が叫んでいる。そんなものかなと思ったが観客が良いと言うなら、仕方がない。娘さんの歌を待った。

 娘さんは「Te voglio tanto bene」というのを歌うらしい。その歌は私も知っているし、コンサートの時も歌った。だから前後のイタリア語は分からないが、その歌の題名くらいは聞き取れた。伴奏が始まり娘さんが歌い出した。私は唖然とした。なんとも頂けない。素人でもあの程度は充分歌えるレベルだ。

 娘さんが2曲歌うとまたお父さん歌手と交代した。勿論急に上手くなる訳がない。もう頭に来てしまった。お前どけ、私が歌うと言いたいくらいだ。仕方がないので、私は歌より料理に没頭した。

 その料理だが、私はあんな拙い料理を食べたことはない。イタリアではイタリア料理を主に食べていたが、大体美味しかった。それが豚に食わすような料理が提供されていた。

 最初の説明では2時間は外に出ることができない。歌も下手、料理も拙い、だから当然ワインも酷かった。私は美味しいワインを飲み、イタリア料理に舌鼓を打ちながら、パバロッティとまではいかないが、素敵な歌を聞くことを想像していた。

 イタリア人が全て素敵な声で歌う筈がない。そんなことも分からない私が馬鹿だった。日本のステージで聞いたイタリアの歌手の歌を思い浮かべながら、2時間の拷問に耐えた。

酒巻 修平

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