人三化七

酷い言葉もあったものだ。最近30歳くらいの人にこの「人三化七」という言葉の意味を知っているか聞いてみた。彼は知らないと言ったが、多分相当年配の人でないと知らないと思われる。

 見にくい女性を蔑視した言葉なのだが、もうこのような女性はいなくなったので、堂々と書けるがちょっと気が引けることも事実だ。

 意味はその女性の容貌が人の感じが三割で、化け物的な部分が七割ということなのだ。確かに昔はいた。勿論男性も非常に見難い顔の人がいたが、当時男性は顔で評価が決まらなかったので、男は人三化七とは言われなかった。

 今は電車に乗ってどう眺めてもそんな女性は見当たらないが、その代わり目を見張るような女性も姿を消した。

たまに昔活躍した女優さんがテレビに出演されることがある。その昔の女優さんと今の女優さんを比べると昔の女優さんの容貌の方が相当上だ。勿論昔の女優さんは年と共に容貌が衰えるのは当たり前なので、それを差し引いての比較だが。

 アメリカでもそうだ。男優、女優いずれも昔の人の方が上だ。それも格段に違う。私はどうしてこうなのかと原因を考えているが、どうも分からない。

 一つの可能性は各国で混血が進み、全ての人の容貌が中間の方に集まったのではないかということだ。だから超美女も超美男子もいなくなり、それこそ人三化七のように美人の対極に位置する人もいなくなったのだろう。

 その人三化七が近所にいた。鼻の辺りをハンマーで殴り、目を持って上下に動かしたような容貌をしている。両親の容貌は普通なので、どうしてあんな子が生まれたのか、訝ったが、その人はとても優しくて気立ての良い人だった。人は気の毒だとは言うもの馬鹿にもしたが好いてもいた。皆複雑な気持ちでいたに違いない。

その人三化七にどういう訳か結婚話が持ち上がった。誰が取り持ったのか噂をし合ったが、分からない。多分どこかの物好きの人が選んだのだろうという結論に達したが、結婚が実現するかどうかは未知数だった。しかし結婚は本当に実現した。

結婚式の前日その人三化七は近所に挨拶をして、去った。それから75日、噂はなくなった。人の噂も75日という格言は生きていた。残った近所には美人もいなければ美男子もいなかった。もう容貌に関する噂を立つこともない。

それから10年ほどの年月が流れた。近所は平穏そのもので、何の風波も立たない。忘れられたような地域に戻った。おかみさんたちが寄り集まって井戸端会議が開かれることも少ない。

ある日、かつての人三化七がやってきた。しかしどうも雰囲気が違う。まず自分の家で数時間過ごした後、近所に旧交を温めに寄った。噂はたちまち広がり、近所の人はその人三化七が立ち寄った家を遠巻きにしている。

その人三化七が家から出て来た。全員が凝然としている。顔はふっくらと赤みを帯び、言動も上品だった。今はもう人三化七ではなかった。裕福な家庭の主婦然とした挙措は優雅そのものだった。

人は当然連れだった夫の方に目が向いた。夫と思われる人を見て人は二度驚いた。若いころの加藤剛に似て超が付くくらいハンサムだ。その旦那さんが寄り集まった近所の人に挨拶をすると人々は畏まって声も出ない。

相当裕福な生活をしていたらしい。何より気立ての優しさが顔に出ていた。後で聞いた噂によると旦那さんは結構大きい会社を営んでいるとか。結婚してから会社を立ち上げ、その人三化七だった妻が必死に手伝ったらしい。

人三化七は人八化二くらいになっていて、近所の人たちより綺麗だった。そしてその女性は夫に従って、去っていった。

それから私は人三化七を見たことがない。結構可愛い人ばかりの世の中になった。しかし何故か人三化七が懐かしい。人の悪口にもにこにこと対応して嫌味な顔も見せなかった。

その人が優雅な家庭の主婦になり、誰からも尊敬される存在に変身した。神様の特別の思し召しがあったのだろうか。

酒巻 修平

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