花見の寿司屋

近所に馴染みの寿司屋があって、しょっちゅう通っていた。そこの主人は頑固者で、昔気質の人だったが、私は何故か好まれた。安くて美味いので、家族連れで行くことが多かった。

 ある時会社で花見をやることにした。そこでその寿司屋に花見の場所で寿司を食べたいが、何とかならないだろうかと相談を持ち掛けた。寿司屋のおじさんの息子さん夫婦がそれに乗った。

 これは面白いことになりそうだなと当日が楽しみになった。会社の近所には古い神社があり、茣蓙を貸してくれたり、酒をくれたりする。付近の会社では年に一度玉ぐし料を差し上げているので、そのお礼もあったのかも知れないが、それにしても親切だ。

 私は花見の度に親切にして頂いていたので、金一封玉ぐし料として10000円を差し上げることにしている。どうもそんなことをしているのは我が社くらいで、他社は神社の親切に無頓着だった。

 中には東証一部に上場されている会社もあったが、そこも無償で親切に甘えている。私はそんな罰当たりなことをすると今に災難に会うぞと冗談を言っていたが、後年その会社は倒産してしまった。

 さてお神酒をもらって花見、酒盛りの開始だ。寿司屋さんも既に待機している。時は12時前で、天気も良く、温かで花見日和と言うのはこんな日のことを言うのだというように、お日さまが空からぽかぽかと気持ちが良い。

 私はできるだけ前口上を短くして、酒飲みの興を削がないように配慮して、「では我が社の発展のために乾杯」と言って、ビールを飲み干した。勿論今日のつまみは寿司だと言うのを忘れない。

 ビールを飲み干した人から順に寿司屋さんの方にお皿を持って行く。「中トロ、貝、ヒラメ」などが人気で、すぐに残り少なくなっていく。でも他のねたは充分にあるので心配は要らない。寿司屋も心得たもので、人気のねたは沢山持ってきて、しまってある。遠慮深い人への配慮というところか。

 最初は整然としていた飲み会も酒が回るにつけて座が乱れてきた。近くの桜の木に登るおっちょこちょいもいるし、女性に猥談を仕掛ける不届きものもいる。でも当時の女性はそんなことに慣れっこになっているから、「あんたはいつも馬鹿ね」とか言ってはぐらかす。

 女性も沢山食べた。私も腹一杯になってきた。お漬物を欲しいという欲張りもいて、楽しい。酒に酔って眠っている人も出て来る。時間が経つに従って、寿司の売れ行きは悪くなるので、寿司屋さんは退屈してきた。

 寿司屋さんの前には人がいない。そんな状態が続くとどこからともなく、寿司を売って欲しいという他社も現れたので、寿司屋がどうしましょうと聞いて来た。ここは無礼講だし、会社の人間も寿司に飽きたので、もう食べられない。

 近所のよしみということで、ただで振舞ってよろしいと言うと、人がわっと集まって、寿司を食べに来た。しかしそのお礼なのか、酒や自分たちのつまみなどを持ってきて、ますます楽しくなった。

 土曜日の昼はそうして過ぎて行って、3時半くらいでお開きになった。若い男の社員はまだ飲み足りないのもいるし、女性のいるところへ行きたい輩もいる。その男たちは挨拶もそこそこにどこかへ消えて行った。

 私は寿司の勘定を経理の女性に頼むと会社でひと眠りをしてから、帰宅した。もう夕飯は食べられなかった。

 飲み会はいつも私が幹事をしていた。他の人がやると必ず文句を言う人が出て来る。それを阻止するために私がやるのだが、予算の範囲内で収まったことは一度もなかった。

 中にはそんな飲み会にしらっとしている社員もいたが、そんな社員は直ぐ会社を辞める。だから私には一石二鳥だった。不思議にそのようにして辞めて行った人が成功したという噂を聞いたことがない。人の付き合いが社会の習わしだとすれば、そんな人が成功する確率は低い。

酒巻 修平

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