日本人とのばか騒ぎ - 博多中川の怪

博多に良いお客さんがあった。だいたい3カ月に一度くらいの割合で訪問しては注文をもらっていた。社長さんは九州男児で、気さくな上に他人のことを慮ってくれる。

 その社長とは商談の後、夕食がてら飲みに行くのが通例のようになっていたが、その社長はなにがしかのお小遣いを経理の奥さんからもらっていた。金額は決して多くなかったと思う。中小、零細企業の社長なんて、こんなものだ。

 夕飯はその社長がいつも奢ってくれる。しかし向こうはお客さんだ。夕食後の飲み代はこちら持ちになる。私はそんなことも含めて、経理からもらう出張旅費の仮払いの金額を計算している。勿論たっぷりではない。博多までの航空運賃と宿泊代を差し引くと金額の残りは少ない。

 ある時、相手の社長が久しぶりだからと言って河豚を御馳走してくれた。こんなことをしてもらうとお返しの飲み代が高くつく。懐具合が心配になったが、河豚を食べながら、酒が入ると気が大きくなって、後のことは脳裏から外れた。

 食事が終ると、やはり飲みに行くことになった。社長と夜風に吹かれながら、ぶらぶらと繁華街を歩くとあちこちから勧誘の男が寄ってくる。こういうのに引っかかると痛い目に会うのは経験上知っていた。

 その日は二人とも浮かれていて、頃合いのところを物色しながら入った。女性が何人もいて、それぞれ可愛い。羽目を外した。ふと気が付くと大分アルコールが入っている。勘定を聞くのが怖かったが、勘定はそれほど高くなく、まだ私の手元にも10000万円ほど余りがあった。

 またぶらぶら歩く。夜風が気持ち良い。その日、二人とも売上が結構あって、気が大きくなっていた。歩いているうちに中川という川の橋に差し掛かった。橋のたもとに寄りかかりながら、色々の話をした。

 社長さんにもまだ帰る気がないらしく、私も相当飲んだ筈なのに生酔いだ。もう一軒行こうという雰囲気になってきた。しかし手元不如意な気もする。頭の中で計算したが、計算が付かなかった。

 そのころ私は財布を持ち歩かないで、お金は札も小銭もポケットに入れていた。ポケットを探ると札の手ごたえがする。一万円札が出て来た。二人は顔を見合わせ、にんまりとほほ笑んだ。もう一軒梯子ができる金額だ。今の金で20000円くらいか。

そこで相談が始まった。普通の飲み屋じゃ面白くない。いっそ悪所に行こうかとどちらともなく言い出したのはことのなり行きだった。二人は社長と言っても若いし、こんな機会と気持ちがなければ実行することがないだろう。

 私は10000円札を手に持ち、二人でああでもないこうでもないと意見を述べ合った。私も博多には何度も来ているので、地元の人には負けないくらい詳しい。

 そのうちに相談が纏った。相手の社長も5000円くらいはある。帰りのタクシー代は3000円くらいだそうだ。しめしめ、あそこに行けるぞと気がはやった。

 その時後ろから嬌声が聞こえてきた。男が女の連れに悪戯をしている。その行為に女は甘えるように嬌声を上げたのだ。私は羨ましくなって、振り向いた。

 突風が吹いてきたのはちょうどそんな時だった。手に持った10000円札が手を離れて、ひらひらと飛んで行った。私はヒヤッと思わず声を立てたが後の祭りだ。

 札は風に煽られながら、落ちて行く。見ていると川の上に落ちて、下流に向かってゆっくりと流れていく。

 川は割合幅が広く落ちた札を拾い上げる術もない。二人は茫然と札の行方を追った。札が見えなくなると二人はどちらともなく、「流れて行ったね」「そうだね」

と言い合いながら、顔を見合わせた。

 やっぱり悪いことはできないな。帰ろうかと社長が良い、私もそうだねと力なく、相槌を打つのが精一杯だった。中川の水は冷たそうで、人の意を解することもなくゆっくりと流れている。

 これが中川の怪だ。社長はタクシーに乗り、私はホテルへ歩いて向かった。それから10年。その社長は若くしてなくなった。奥さんは有能で、良い人だった。夫の代わりに社長をやればいいと思ったが、会社を畳んだ。いまだにあの夜の中川の怪を思い出す。

酒巻 修平

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