夜の電車の窓は鏡

私は引っ越しばかりしている。そのころは藤沢にいた。両隣の家はそれぞれ500坪くらいあるお屋敷だ。私が借りた家は上下一間ずつのほんの小さな一軒家だった。家賃は今のお金で8万円くらいか。

 この家は大きなお屋敷の一郭に何かの用途で建てられたのが使われなくなって貸し出されたものだ。それでも一応トイレは付いていた。引っ越しして来た当初は隣近所をよく散歩した。どこも大きな家ばかりで、羨ましくもあったが、目の保養にもなった。

 藤沢の駅から歩いて12分くらいだから、買い物にも便利だった。今の藤沢駅周辺とは違い、そのころは静かだった。それでも買い物には支障がなかった。

 私は新橋駅付近にある事務所に通っていた。新橋から藤沢まで電車に乗ってから50数分掛かる。東京駅まで戻って始発電車に乗る手もあったが、面倒でそんなことはしなかった。

 退屈凌ぎをしなくてはならない。大概は本を読んで過ごしたが、時には本を切らしていたり、持ってくるのを忘れたりする。そんなときは悲惨だった。50分をどうして過ごせば良いのか、深い思考でもやればいいのだが、そんなテーマもない。

 私はまだ若くて、遅くまで新橋付近で安酒を飲んで過ごすことが多かった。終電車は12時ころに新橋を発車するのは覚えていた。だから時間を気にしながらもう一杯、網あと一杯と飲んだ。酒は120円で安かった。

 その日も本を持ってくるのを忘れた。酒が入っているし、満員に近い社内の通路の人と人の間に立って50分は若い体にも辛い。吊皮も掴めない。何故本を持ってくるのを忘れたのかと自分が恨めしかった。

 新橋を出発して、品川、川崎を過ぎるころまでは何とか仕事のことでも考えた。でもそうそこからは駄目だった。酒で頭は鈍っているし、社内は暑い。社外は暗くて景色も見えない。

 横浜辺りでもう我慢が限界にきた。そう言っても何ら時間を潰す手段がない。社内の吊り広告も見てしまったが、もう一度見る。面白いことが書いてはあるが、一度読んだ記事の題は何度読んでも同じだ。

 それでも未練がましく社内を見渡す。終電車だというのに女性もいるし、背の高い人、太った人。その人たちを見ながら綽名を付けることを思い付いた。「ろば」「きりん」「七面鳥」。色々考えたが、それもすぐに飽きる。

 洋服の値段の推定もした。3万円だ。5万円だ。10万円だ。女性の方がやはりおしゃれに気を配っている。あの人のコートは高そうだなとか、襟にミンクが付いているなとか、何でも退屈凌ぎになることはやった。

 やっと横浜を過ぎ、戸塚だ。もう少しだ。頑張れ、自分を励ましながら、何かやることを探すためにまた社内を見まわす。

 そのとき、見つけたのが私の前に立って吊皮に摑まっている中年の男性だった。その人は禿げていた。全部ではなく、頭の横の部分には毛が残っていて、そこは割合ふさふさしている。

 しかし頭頂部は綺麗に剥げている。貫禄がありそうな禿げ方だ。へえと思って、その禿げの部分に目を凝らした。そうすると何と、禿げは毛がないのではなく、毛が薄いだけだと分かった。

 禿げの部分には産毛が生えている。それもまばらではなく、割合ぴっしりと生えているのが妙だった。禿げを私は知らなかったのだ。禿げは禿げではなく、薄毛なのだと一大発見をしてように、もう一度良く見ようと目を禿げに近づけた。

 その時だった。前の人がいきなり後ろ向きになり、「何をしているのだ、この坊主」と私に向かって怒鳴った。私は咄嗟にものも言えず、「はあ、あのう。はい」と訳の分からないことを言った。

 怖かったというより、吃驚したのだ。急に前の人が後ろ向きになり大きな声を出したら、誰でも吃驚する。相手は後ろ向きなのに、どうして私が見ているのを分かったのだろうか、不思議だった。

 

 私の気配を感じたのか。と理由を考えて前を見ると窓に私が写っている。これだ。この窓に私の様子が全て写っていたのだ。前のおじさんはずっと私の行動を監視していたのに違いなかった。怖かった。それ以来本を持って出るのを忘れることはなかった。

酒巻 修平

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