知らない人と話しては駄目?

これは自慢かどうか分からないが、私は動物、老人、子供と仲良くなるのが得意だ。飼われている小鳥などは3回くらい私の顔を見ると慣れて、嬉しそうにする?

 私が敬意を持って対するからか、ほとんどの老人が私を好いてくれる。子供もそうだ。子供を同じ目線で物事を処理するからか、すぐ私に慣れる。電車などで子供を手なづけるのに5分ほどしか掛からない。

 これはどういう意味を持つのか。お母さんが子供に知らない人と話しては駄目と教えることもあるようだが、これは意味をなさない。子供はまだ世間に慣れていないから、目先のことに興味を覚え、お母さんの忠告などすぐに忘れてしまう。

 もし悪意のある人が子供を誘拐しようとしたらどうなるのか。私のような人は私だけではないだろう。子供をすぐに手なづけることが上手い人が全て善人とは限らない。

 お母さんは子供にそんな忠告をしても効果がないということを弁えた上で、対策を立てなければならない。例えばGPS機能の付いた器具を絶えず携帯させるとか、どこかに密かに縫い付ける必要がありそうだ。

 これは何も子供に限ったことではない。老人も危ない。老人は子供返りしているとも思えるので、純真な人も少なくない筈だ。そんな人を手なづけるのは難しくない。

 だから「俺々詐欺」は簡単に成就してしまう。これには銀行などが協力して、常にない大金の出金については理由を聞かないと実行しない。勿論ATMを利用した振り込みも一時停止するとか、実質に被害を受けない対策が必要だ。

 テレビはよく、こういう時は注意しろとかこんな送金は駄目だとか忠告しているが、子供の場合と同じで効果のほどは疑わしい。もっと効果的な方策を取らないと被害は防げる訳がない。

 

私もよく騙される方だが、今度は騙されまいと注意していても駄目だ。ついつい騙されてしまう。そうされないための対策としては誰か第三者がある基準を決めて、その基準を守らない限り金を渡さないなどの具体的、効果的な対策を取らないとならない。そうでない限り、いつまでも騙され続けることは決定的だ。

 人の性格や考え方、現在の在り方は変わらない。もっと言えば生きている限り、性格に基づいて同じような行動を取るものだ。子供や老人は特に言動を考えてやる訳ではないので、悪意のあるものはこんな状況を利用するだろう。

 私が若いころは殺人など年間に1,2回しかなく、大きなニュースになり、長く報道された。しかし今はそういう状況ではない。どういう危険が待っているか知れない時代になった。

 残念ながらそういう時代に住む人は状況に応じた対応をしなければならない。自分の子供がいつ危険に会うか分からない時代だ。だから子供に忠告するだけでは駄目なのだ。

人の忠告は忠告される方が自覚しない限り、役に立つものではない。これは自分の胸に手を当てて考えれば分かる。忠告などまず誰も聞かない。子供はまだお母さんの言うことは聞くが、これも絶対的ではない。

 子供や財産は自分で守らなくてはならない時代に我々は生きている。残念ながら警察が事前に危機を防衛してくれる法制にはない。事件が起こってからは警察も動いてくれるが、事件が起こってからでは手遅れだ。

 日本は今まで非常に安全な国であったが、もうそうではない。殺人事件が毎日ほど発生し、若い女性や子供の誘拐、殺人が多い。我々は自己防衛が必要な時代に生きている。

 自分や子供の命は自分で守らなくてはならないのは、外国の例を見ても分かる。我々は今まだ日本国は安全なのだと錯覚しているが、それはもう過去のことだ。日本はもう安全な国ではない。

 とは言うものの他国よりは安全である。この考え方がまた危険だ。他国よりは確かに安全だが、それは比較の問題で、日本が絶対的に安全な国であるとはもう言うことができない。

酒巻 修平

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