信長、秀吉、家康に見る人生の方法

上記英雄の辞世の句や処世訓を見てみよう。織田信長は

人間50年

下天のうちをくらぶれば 

夢幻のごとくなり 

一度生を受け

滅せぬもののあるべきか

豊臣秀吉のは

露と落ち露と消えにし我が身かな浪花の事は夢のまた夢

徳川家康の処世訓

人の一生は

重荷を負うて、遠き道を行くがごとし

急ぐべからず

不自由を、常と思えば不足なし

 三者の言うことを解釈すれば、誰にでも当てはまる興味のある感想に行き当たる。

1. 人生は短く、大きな成功をしてもそれは夢のようで、自分自身はその成功を喜ぶことができない。

2. 成功を成し遂げるには一つの計画があり、日々その計画に沿って努力しなければならない。

3. 人生は苦悩の連続で大きなことを成し遂げても、自分自身はやがて滅びる運命である。これは誰も避けて通れない運命だ。

 三人は大きな事績を歴史に残したが、自分が死んだ後はそれがどのようなものであるかを、感じることも味わうこともできない。所詮はすぐに消え失せる運命である。

 

 人生を成功裏に全うしても、その成功を味わう期間は短く、かつ空しいことの方が多い。どんな成功もその果実を味わうものは自身の子孫や後継者で、自身はそれを横目で見ながらやがて滅びる。

 即ち、大人物が必ずしも幸福な者ではないのだ。一番幸せな人はある程度の経済力があるが、満足するほどではなく、何かしらの我慢をしながら日々の生活をする人である。

 毎月少しずつ貯金をして、一年に一度くらい家族で温泉旅行に行く。子供が成長するに従って、入用の金銭を何とか工面して、やっと賄う。このように少し足りない家計をやり繰りして、その中で喜びを得る。

 あなたが内閣総理大臣になったとしよう。喜びや達成感を味わうことができるのはせいぜい一か月である。その後は他からの圧力や時間に追われる苦悩の日々が待っている。

 

 歴史には名を遺すであろう。しかしそれが何の意味があるのだろうか。名が歴史に残ったころには自分はもうこの世にいないか、忘れ去られている。自分が成し遂げた事績を自分で喜ぶこともない。

 ジンギスカンは大きな版図を軍事力で得たが、自分が統率したと思った部隊が大きくなり過ぎて、自分の考えが及ぶ範囲は限られていたと嘆いた。もっと小さく戦闘に明け暮れていたころを懐かしんだと言っている。

 金持ちの生活を窺ってみよう。彼らは幸せであろうか。金持ちになってからの生活は贅沢に慣れ、さらなる贅沢を求めるが、もうそれ以上の贅沢を発見することができない。そこに焦りがあり、空しい日々を送っている。

 幸せは物質のような目に見えるもので得られるものではない。夢があり、それを追い求めて努力する過程が幸せなのだ。秀吉も草履取いから少しずつ出世していったころが絶頂期であったろう。

 人生には目的やゴールがない。日々努力し、少しの成功を達成するその過程での努力そのものが幸せをもたらす。毎日を無駄に過ごさず、充実した日々を送ることこそ、人生最大で、最良の目的にすべきだと、戦国の三雄が辞世の句や処世訓で語っている。

彼らは幸せではなかった。幸せは平凡な人の平凡な日々にあるのだと、我々に教えているようだ。

酒巻 修平

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