長生きをするには

人が他の動物、生物と違う点は二足歩行をし、それが原因で脳が極度に発達したことだ。これが他の動物を支配し、人が独自の発展、繁栄をもたらした。

 脳の発達は文化を創造し、生物が何であるかを探求する原動力になったし、手は移動手段とする必要がなくなったことで、自由に使えるようになった。

 脳の発達と二足歩行はしかし人に欠点ももたらした。多種多様な思考を可能にした脳は一方で種々の病気の発生源にもなった。また足が弱ると体重を支えることを不可能にし、動物としての自由な活動を阻害する。

 どんな動物も脳や体を使うことによって、体全体を調整しているが、人も例外ではない。体を使うことは運動をするということとほぼ同義語と言える。しかし厳密には違う。運動は体を意図して動かすことで他の動物にはできない。

 運動とは新たな筋肉の経験である。毎日歩いている人はただ歩いているだけでは運動をしていることにならない。普段より早く歩くとか、走るとか、何か普段とは違った体の動きを経験しなければ運動とは言えない。

 

 運動は脳に刺激を与え、新陳代謝を活発にする。夜太陽が沈むと昼間に傷んだ細胞を修復する。従って昼に運動し、夜にはしっかり寝ると新陳代謝が促進される。

 生物は自己複製をする系である。生殖による垂直な複製と、自身の細胞を新陳代謝する水平の複製がある。人以外の生物は子孫を残すためにだけ生きている。

だから一日中食べて新陳代謝を図っている。

 人も動物として基本的な点では他の動物と同様だが、他の動物と違って子孫を残す以外に脳を使用するためにも生きている。脳は精神の快楽や苦悩を感じ、芸術を味わい、種々の感情を司る。これは人以外の生物がなしえなかった進化だ。

 二足歩行では全体重を足に掛けるので、この足を健康に保たなければならない。足の機能を細かく分析すると足は足を動かすために存在していると言える。しかし全体重も足に掛かっているので、足を動かすためにだけ足を使う方法を取ると足に負担が掛かり過ぎる。

 全体重を支えるには体全ての筋肉を使う必要がある。そうすることによって足はその役目を果たし易くなる。それには胸板の一番厚いところの中心に支点を置き、そこから力を腰、尻、足に放射するようにしなければならない。ゆめゆめ一か所に力を集中してはならない。

 優秀なスポーツマンはこんな筋肉の使い方をしている。日本の伝統武道は全てそのような筋肉の使い方をしていたが、そんな技術は全て消滅した。柔道、剣道、競争などはもう伝統的な体の動きを失ってしまった。今残っているのは相撲道だけのような気がする。

そうすると疲れたときや老齢に達したときでも足をしっかりと使用することができる。足が使えなくなると老化が進み、長寿は望めなくなる。

 脳も体の一部であればやはり運動が必要である。運動とは筋肉の新な経験であるので、脳の運動も脳の新たな経験をさせることにより達成できる。これを怠ると脳は活性化されないし、その影響が体全体に及ぶ。生体は脳によりコントロールされているからだ。

 医師、弁護士、先生など脳を多く使う人もアルツハイマーを罹病する。彼らは脳を運動的に使っていない場合が多い。脳は確かに使っているが、いつもと同様な使い方では一般の人と同じだ。何か新しいことを思考するように脳は使わなくてはならない。

 医事行為にばかり脳を使っていた人は小説でも書けばいい。先生は生徒になって勉強するのもいいだろう。弁護士は仕事上人の欠点を探さなければならないが、余暇には人の長所の発見に努めるとか、生け花でも習えばいい。

 少しでも新しい、筋肉と脳の使用方法を取ることにより、老化はかなり遅延する。これが長寿の元だ。何か今まで自分がやってこなかったことをする。それで脳は新な経験をするだろう。あるいはすでにやっている趣味の自己ベストを出すことを目指して、今以上に脳を使うのもいいだろう。

 できるだけ長く生殖行為を行い、足の適切な使い方をして、何か新しいことを絶えずやる。これが長寿の秘訣である。

酒巻 修平

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