二種類の嘘

 嘘とは事実と反するか自分の考えと違うことを言うことだ。法律用語では「心裡留保」と言う。嘘には二種類ある。

 一番目の嘘は相手に危害や損害を与えることを目的として行われる嘘だ。今はやりの「おれおれ詐欺」はこれに当たり、一般的には詐欺は全て嘘に始まる。巧妙な嘘をつくと詐欺は成立する。

 詐欺は事実確認を正当かつ正確に行えば未然に防ぐことができるが、人には人を基本的に信頼するという性格があり、人の言ったことを検索することはしないのが通常だ。

 警察は能力不足と人手不足で詐欺の捜査をやらない。これがまた詐欺の温床になっているのだが、今のところ警察は政策を変えようとはしない。だから嘘を付かれ詐欺に会うのを防ぐには自分で相手の発言内容の正当性を調査しなければならない。

 人の性は善でありかつ悪である。これは人の体の制御が電気的二進法的に行われていることに由来する。電気的二進法的に生体を制御すること生体を効率良く作用させる最善の方法で、生物がこの地球上に誕生してから、このシステムは変わっていない。

 人の性が善であり悪であるなら、あるときは善であるときは悪であるということもあり得る。発言をした人が発言の時点で善の部分を出しているのか、悪なのかは検証しなければならない。

 直感的に嘘を見破る人もいるが、それを上回る嘘を言う人が存在する。それはプロの詐欺師だ。

 そんな人は自分が嘘を言い、詐欺を働くという自覚がないまま、行動するので、嘘を見破ることが非常に難しい。

 もう一つの嘘は相手を害する意思がなく、却って相手を利するために付く嘘だ。この嘘はどんな内容であっても、嘘をつく人が善意で行っているので、聞く方には被害が発生しない。

 今は癌も治療が効果を現すことが多いが、かつては死病として恐れられた。癌だと宣告された人は余命を生きる気力がなくなり、生存中にやっておかなくてはいけないこともできなくなる。

 そこで周りの人は嘘を言う。「あなたは胃潰瘍だ。早く元気になってね」と。実際癌に罹った人の何割かは自然治癒するものだ。

 こんな嘘は仏教では「嘘も方便」と言い、是認している。しかしこの嘘を第一の嘘と勘違いして、平気で嘘を言う人がいるのには困ったものだ。

 こんな人が多い日本では第一の嘘も比較的許されてしまう。これは良くないことだが、国民性として定着している。困ったものだ。

 アメリカには第二の嘘という概念がない。嘘は嘘で、嘘を言わなければならない切羽詰まったときには黙るようにしているようだ。

 ニクソン元アメリカ大統領が「ウオーターゲイト事件」で処断されたのは職権絡みで金を受け取ったからではなく、嘘をついたからだと言われている。

 さて第二の嘘であるが、例えば少し美人に「とても綺麗。絶世の美女だ」と言ったらどうだろうか。その人はそのオーバーな表現に不快感を示すだろうか。

 あるいはある人の能力を過剰に褒めたたえたら、どうなるか。相手は喜びはしても決して不快感を示さない。それどころかその嘘を言う人に好意を抱く。

 お世辞もそうだ。大会社にあってはこのお世辞作戦が割合功を奏し、出世の糸口になることも多い。しかしお世辞ではなく、その人の能力をオーバーに述べる方が効果は大きい。

 だとするとどんな嘘でも嘘を付かない方がいいのではないかと思えてくるが、私が経験したことに基づくと、アメリカ人の方がこの嘘に弱い。

 この種類の嘘をアメリカ人は「kind words」と言い、私がこの嘘をよく使った。効果抜群であった。

酒巻 修平

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