年を取ってもいつまでも歩けるようにするには

人は歩くためには脚を使うと思っています。それは一面真理ですが、間違っている側面もあります。確かに歩くためには脚は必要ですが、実は脚の筋肉は脚を動かすためにあるのです。

 歩くためには体の全てを前に移動させなければなりません。脚だけではなく、胴体も手も足も全てを移動させなければならないのです。そのときに脚は体全体を動かす補助をするだけです。

 それでは体全体を動かすにはどうすればいいのかという疑問が発生します。それは簡単です。体全体を動かすには体全体を使えばいいのです。簡単な考え方のようですが、これが案外分からないのです。

 短距離や長距離の競争を見ていると良く分かります。100m、200mの世界記録保持者のウサイン・ボルトの走り方を見て下さい。体全体を非常に効率良く使っています。それに比べて日本の選手はまだまだです。マラソンも同じです。30キロ過ぎには脚が動かなくなったと日本の選手の言葉を聞きますが、アフリカの選手はそんなことは言いません。

 体全体を動かすには体の中心部に支点を置き、そこから力を伝えていきます。体の中心部、即ち、筋肉からの力の始点は胸の一番厚い所の中心部です。そこから力を体の各部に伝えて行けば効率の良い体の使い方ができます。

 例えば腕だけで重いものを持つよりもっと元の部分から力を伝えて最終的に手で物を持ては腕だけで持つよりよっぽど重い物が持てます。大相撲の力士はこれを徹底的に叩き込まれます。だからどんな大男も力士を動かすことができません。

 日本の伝統武術ではこの体の動かし方が基本でした。剣道でも腕だけで竹刀を使うとスピード、力、打つ正確さが得られません。背中の一番太いところの深部から力を各部に伝えていきます。しかしそのような伝統武術は廃れました。ただ一つ残ったのが大相撲です。彼らは頑固に伝統の技を習得し、後に伝えていっています。力士はこのことを知らないかも知れませんが、毎日の練習の過程で知らず知らずに技を会得するのです。

 あるとき白鵬が背中を痛めました。他の力士は腰を痛めるのが多いのに彼だけば背中を痛めたのです。私はそのとき白鵬の強さの秘密を知りました。彼は体の力を最大限引き出すのに、上記のように背中の一番太いところの真ん中を始点にして力を伝えていく日本の伝統武術の技法を会得していたのです。

 白鵬より力が強い力士はいくらでもいます。引退した魁皇もそうです。しかし彼は始点を腰に求めたので、腰をいつも痛めて横綱にはなれませんでした。腰は一つの関節です。関節に力を蓄えることもそこから力を伝えていくことも非効率的です。だから腰を痛めるのです。

 柔道では山下泰裕がこんな体の使い方をした最後だと思っています。それ以降の柔道家はオリンピックのルールに縛られて無駄な動きに終始いていると私は見ています。勿論山下以前には沢山の優れた柔道家がいて、日本古来の術を会得していました。今のオリンピックの柔道はもう柔道ではありません。加納治五郎は比較的小さな体で大きな相手をいとも簡単に投げ飛ばしました。これも体の力の究極の使い方を知っていたからです。

 私は今の100メートルの競争では9秒台を出せる人はいないと見ています。ひょっとしたら9秒99くらいは出せても本当の意味の9秒台は無理でしょう。中国の選手で9秒台を持っている人の走り方を見ていると、正に9秒台の体の使い方をしています。日本の選手とは違います。

 話を元に戻しますと、体を前に進ませる、即ち、効率良く歩くには背中の一番太いところの内部の中心を始点として歩けば良いのです。力は背中の始点から脚に伝わっていき、楽な歩行ができます。

 脚の悪いおじいさん、おばあさんの歩き方を見ていると、脚だけを使って歩いているのが分かります。だから歩けば歩くだけ、余計に脚に負担が掛かり、脚をますます痛めると思われます。

 若くてスポーツができる人は試してみてはどうでしょうか。背中の真ん中を意識して走れば歩幅も大きくなり、スピードも出ますし、体も楽です。今からでも遅くありません。そんな体の使い方をして歩く習慣を付ければ年を取ってからも脚を痛めることはありません。

酒巻 修平

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