本当のことを言うと不幸になる?

その通りです。あなたの友達の頭が悪いとします。その友達に「あなた、頭悪いね」と言うとどうなるでしょうか。もう友達ではなくなるでしょう。逆に「あなた、ものをよく考えているね」と言うとあまりものを考えていない友達はきょとんとするでしょうが、悪い気がしないでしょう。

 人は自分の欠点を知っていますが、できるだけそれを考えないようにしています。それを他人から指摘されると腹が立ちます。人には二面性があり、欠点の反対には必ず長所がある筈です。

 頭の悪い人は善人であることが多いのは事実です。極端に頭の悪い人を観察するとその人たちで性格の悪い人がいないのを発見するでしょう。

 本当の反対は嘘であるとも言えます。では嘘を言えばいいのでしょうか。その通りです。嘘を言えばいいのです。しかし嘘には二種類があり、人に害を与える嘘を言うのは駄目です。ここで言う嘘とは人に害を与えない嘘です。

 例えば、第三者があなたの友達のことを悪く言っているとしましょう。「あの人、あなたが嫌いだと言っていたわよ」というのが、本当のことですが、「あの人、あなたのことを好ましく思っているようだよ」というのは嘘です。

 本当のことと嘘のどちらが人を幸せにできるでしょうか。もちろん嘘です。「あなた結構可愛いね」「案外頭良いのね」「仕事ができるな」などなど、これらの嘘は誰にも害を与えません。

 スポーツマンのコーチはこの嘘を多用します。「お前は素質があるな。世界を狙えるぞ」「お前の素質はまだ開花していないだけだ。努力をすれば実が結ぶよ」などなど、人の潜在能力を引き出すのには嘘は付きものです。

 人の能力など、表面化しているものもあれば隠れているものもあります。潜在能力は本人も気づいていない場合が多いでしょう。

 かつてイチロウが打撃不振で落ち込んでいたとき、イチロウの恩師がその素質を引き出してくれたので、今のイチロウがあるのです。そのときその恩師はどんな嘘を付いてイチロウを鼓舞したのか、詳細は分かりませんが、そこには必ず嘘が介在していたと思われます。

 ある選手のエラーのためにそのチームが試合に負けたとします。そこで監督が「お前、馬鹿か。あそこであんなエラーをしてチームが負けたではないか」と言うのと「誰にでも、ミスはあるよ。お前は良い所があるので、たまにはあんなミスが出るのだ。あのミスがお前の素質を表しているのだ」と言うのとどちらが全体としてメリットがあるのでしょうか。

 そのような種類の嘘はあなた自身も向上させます。人の欠点を逆から見る習慣を身に付けると他人はあなたを人格者と思うでしょう。真実を言ってばかりの人で出世をした人がいるでしょうか。

 人は褒められたいのです。しかし褒めるアイテムはなかなか見つかりません。ですから無理やりでも褒めるところを作り上げれば良いと思います。これはお世辞と言われますが、お世辞は自分自身の利益を目的としたもので、人を褒めるのは褒める人のためを思っているから、根本の目的が違います。

 他人のことばかり褒めるのに飽きたら自分自身を褒めたらどうでしょうか。そこには当然嘘が混じりますが、自分の真実を見つめて追及するよりはよほど幸せな生活が送れます。

 しかし中にはそのような種類でも嘘を付かれるのが嫌いな人がいます。その人は能力のある人です。そんな人には言葉ではない嘘を付きましょう。その人が嫌いでも好きなような、態度を取れば良いのです。

 人は精神がいつも安定しているとは限りません。落ち込んでいる人を助けるのはそんな嘘です。その人には真実は分かっているので、さらに真実を言うことはその人に取って害以外の何ものでもありません。

 さあ、今日も嘘を付きましょう。友達を可愛いと言いましょう。友人にお前は仕事が良くできるな。羨ましいよと言いましょう。世の中ハッピー、ハッピーです。

酒巻 修平

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