間違いは絶対に起こる

当たり前のことを当たり前のように書いているようだが、案外このことは留意されていない。今日はこのことを考えてみよう。

 一番間違いが起こるのは車の運転であろう。原因は沢山あるが、主なものは運転手がほとんど素人であることと運転している時間が長いことだろう。車は鋼鉄の外装を持っているので、間違いが起こっても運転手や同乗者に被害が及ばないこともあるが、鎧をかぶっていない歩行者が事故に巻き込まれたときの被害は大きい。

 車に起因する事故で死亡する人は年間6000万人以上いる。それでは間違いが起こると想定して対策が取られているだろうか。残念ながらほぼ対策が取られていないのが現状である。

 車が歩道に乗り上げて歩行者が犠牲になる事故は度々報道される。それなのに警察はじめ関係各省はどうして対策を取らないのだろうか。間違いは必ず起こるという事実に対応する姿勢がないからだ。

 例えば歩道の高さを40cmくらいにすればどうだろうか。車はなかなか乗り越えられないので、歩行者は保護される。

大型車と歩行者が同じ信号で進むシステムはどうだろう。何百馬力もの大型車と0.1馬力もない歩行者が同じところを同じ時間に進行しているということ自体無理がある。大型車の運転手が間違いを犯せば歩行者が大きな被害に会う確率は高い。前の信号が赤でも車は左折できるとする方法がアメリカでは取られている。

 アメリカは日本と全く違い、間違いは犯してはいけないという風には考えない。まくまで現状分析から出てきた事実だけを考慮の対象にする。戦争中グラマンというアメリカの戦闘機は日本の零戦にどうしても勝てなかった。

 日本では零戦が負けると非難轟々で戦闘員は訓練に明け暮れるが、アメリカでは零戦が来たとき、5機以上のグラマンがいないと出陣しなかった。だからアメリカは戦争の後期ではグラマンが零戦を必ずやっつけた。それはそうである。5対1ではどんな優秀なパイロットでも勝ち目はない。

 道路に目を戻すとアメリカのフリーウェイでは最高速で走るレーンは一番左だが(左側通行だから当たり前か)、その更に左に走ってはならないレーンがもう一つ設けてある。これは万一の運転間違いを想定しての措置だ。

 医療過誤も問題が大きい。経験のない医師が命に係わる手術を行う。それによって多くの患者が死亡した。また開腹して腹の中に手術道具を忘れたというのも聞く。これらに対してはどのような措置が取られているのだろうか。

 前者のケースは間違いとはちょっと違う。その医師の技量ではできない手術をして患者が死亡したのだから、これは殺人に近い。死んでも仕方がないという考えをその医師が持っていたならば、未必の故意が成立して、医師は殺人者とされなければならない。こんな医師の医師免許は即刻取り消すべきだ。

 疳子などを腹の中に忘れて縫合したのは、純粋な間違いである。また看護師が間違って点滴を行ったなど、医療過誤が多いが、そんなことも間違いは必ず起こるという考え方があれば未然に防げる問題である。

 裁判所も勿論間違いを犯す。その間違い即ち誤審で死刑に処せられた人が何人いるだろうか。人が人を裁く恐ろしさは計り知れないと言いながら、対応策を練らない。再審請求がなかなか認められないのは何故だろうか。

 私があるルポライターから聞いた話だが、ある有名な殺人鬼が6人目の人は殺してないと言う。5人目までは認めたのに6人目は殺してないと言う理由が思い当たらない。この殺人鬼は精神異常だから、常人が考えているのとは違う理由があるのかも知れないが、それにしてももしその殺人鬼の言っていることが本当とすればこれも恐ろしいことだ。

 造園師が高いところに梯子を掛けて仕事をして終わると降りて来る。このとき下から二段目が危ないと言う。地上に近づいたので、少し安心するのか、下から二段目で足を滑らせて大けがをするケースを時々聞く。

 私も先日重い荷物を持って二階から降りて来て、下から二段目の階段を踏み外して足首を捻挫した。捻挫で良かったのだが、前にはガラス戸があり、あれに頭をぶつけていたらと考えるとぞっとした。

 間違いは必ず起こる。その前に何かの対策をしておくと被害を最小限の留めることができる。これは忘れてはいけない。

酒巻 修平

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