言葉と文字

人の意思や物事の状態を自分以外の人に伝えるにはどのようにしたらいいのか考えるときがある。それが言葉と文字の問題である。

 文字がどのように発生したか、読んだ本によると、食料を内包した袋の見えるところに内容物がどのくらい入っているかを示すために書いた符号がその由来だということのようだ。

 人は忘れることが多いので、内容物の量を他の人に伝えるのに、袋の外側の見えるところに内容量を符号で記していたのが始まりということらしい。これはメソポタミアでのことであるが、中国、インド、エジプトなど他の文明先進国でも似たり寄ったりの事情であったと想像される。

 そのうち食糧袋を離れてこの符号が一人歩きをしていくと考えるのは難くない。だから文字は最初数字とか食糧の種類などの単純なことを記載する手段であっただろう。

 かたや言葉はどのようであったか。これも申し訳ないが本からの知識である。狩りを共同で行う何人かの猟師が獲物のいる場所や数を仲間に簡単な発音で教え合ったのが始まりと言う。

 この本の著者たちは見ていた訳ではないので、論理と考察によりそんなことを考えたのであろうが、それが真実であるか否かは問題ではない。本当に必要なことを発声し、符号で記すことによって言語が生まれたのは間違いがないだろう。

 その言語は使用する民族により発声の仕方も違い、書き留める材料も違った。言葉は別として言葉を記すのは現地に豊富にある材料を使用した。エジプトではパピルスを紙のように使用し、メソポタミアでは粘土、中国では亀の甲羅が役に立った。

 その日常生活の不可欠な事物を表すことから発展し、やがて複雑な心理描写であるとか詳細な状態の記憶に発展していった。言葉はこのようなことの伝達手段としてはより迅速であるし、言葉は長く保存することが可能であるという利点がそれぞれある。

 また文字は伝えたい人にだけ伝えることができるという意味でときの権力者が最初は独占して、秘密にされたので、文字を書く技術は政府の高官、神官などに限定され伝えられていったと考えられる。

 今も幼児は先に話し言葉を習得する。書き言葉は多少の技術を擁するので、学校に入って初めて習う。

 文字の発明は話し言葉の発明よりよほど時間が掛かったようだ。文字がない所では口伝と言って膨大な量の記憶をしていた人物が何日も掛かって次の人に伝えた。

 古事記の稗田阿礼と太安万侶の関係がその例だ。稗田阿礼は書き文字を会得していなかったが、膨大な量の記憶を得意としたのだろう。太安万侶は多分政府関係者で、すでに文字での記載に長けていた。

 この文字での記録が残っている御陰でメソポタミアやその他の文明の状態が今に明らかになっている。これこそ人類の最大の遺産であろう。口伝は文字に残さないと後世には伝われない。

 日本では中国で発明された漢字を元に文字を発明した。韓国ではこの努力がなされず、1446年になって初めてハングルが制定された。だから当然存在していたはずの歴史や歌謡などが伝わっていない。

 世界で表意文字があるのは中国の漢字などで、特に漢字は表音文字にもなり得るので非常に発達した文字ということができる。韓国のハングルは日本の古代文字を変形させたものであるとの意見もあるようだ。

 さて言葉や文字以外に意思などを伝達する手段はないのか。これがあるのだ。渡り鳥の集団で方向転換をするとき何の前触れや意思の伝達もなく行われる。ように見える。これは多分テレパシーを利用しているのだろう。どの鳥が発したか分からないが、電気信号であるテレパシーを発し、たの鳥が受信することにより方向転換がなされる。電気信号は瞬時に伝わるので、方向転換は瞬時になされる。

 人においても男女が目を合わせるとその瞬間、恋愛に陥るのはこのテレパシーを無意識に利用しているのだ。

酒巻 修平

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