妻を遊園地に連れていったこと

先日の日曜日、一念発起して妻を横浜まで遊びに連れていった。面倒がるかと思ったが案外嬉しそうに支度を始めた。11時に出発して第三京浜で約30分。

 先ず「港の見える丘公園」へ行く。戦後すぐの昭和22年平野愛子が歌って大流行した「港が見える丘」という流行歌があり若い人は勿論知らないだろうが、我々には聞くに懐かしい曲がある。その舞台になった場所である。

 ♪あなたと二人で来た丘は港が見える丘、色あせた桜ただ一つさびしく咲いていた。船の汽笛むせびなけばちらりほらりと花びら。あなたと私に降り注ぐ、春の午後でした♪

イギリスの公館の庭園に植えられた薔薇を見ながら公園の突端に行くと丁度晴れていたので、遠くまで見通せた。今はその流行歌を知っている観光客も少ない。人は三々五々いるだけで、ゆっくりと景色を楽しんだ。

2,30年前に来たときには船が停泊していたのが見えたが、今は港も改修されて工場が見えるだけで、世の中の移り変わりが寂しかった。その横にホテルがあり、昼食をそこで取ることにした。

ランチは高かったが、ここは観光地である。私は1900円、妻は2500円のランチを食べ、港を見ながら1時間ほど過ごした。味はまあまあだったし、給仕をしてくれるフロアー係やマネージャーの応対も丁寧だった。

妻は嬉しそうだ。少女に帰ったように声が弾んでいる。「ここも良いけれどグランドホテルというところも老舗のホテルで有名よ」といかにもそこへ連れって行って欲しいという口調を叶えるべく、下町の方へ車を走らせた。

グランドホテルはなかなか見つからない。それはそうだ。当てずっぽうで車を走らせているし、私も面倒なものだからナビにも入力していない。途中で遊園地を見つけたので、そこで遊ぶことに決めた。

妻は乗り物に乗るのは怖いなどと若者向けの遊具を見ながら言っている。そこで私は回転木馬(メリーゴウラウンドーMerry-go-round)に乗せようと考えた。これならそんなに怖くなさそうなので、チケットを買い、二階の高くなった椅子席に座を占めた。

動き出すと妻はちょっと声を出しながら楽しんでいる。しかしたったの5分ほどか、すぐに回転が終了した。物足りなく思ったので、足漕ぎ式のモノレールに乗車。これが思っていたより高くを走り、妻と私は少し怖がりながら漕いだ。

妻の声が大きくなっている。それから外人墓地とクラシックな観光名所に向かった。なかなか見つからなかったが近所の交番で教えてもらい、やっとたどり着いた。観光客は一人もいない。それで車を降りることもなく、近くの洒落た喫茶店でコーヒーを飲み、妻はケーキを注文した。

小一時間いて、元町へ向かう。そこでウインドーショッピングをしていると6時ころになったので、中華街へ向かった。そこで高級な中華レストランに入り、今度は夕食を摂った。しかし非常に高く、それに料理も美味しくなかった。

今度また連れてきてやると言いながら、一般道を取って帰宅の途に就いた。まだある。一般道を取ったのは途中に行きつけのカラオケ屋があるからで、そこでに車を停め、2時間ほどカラオケをした。勿論「港が見える丘」を歌った。

私は歌手だから妻に歌唱の指導をする。高音部では息をもっと出せと言って妻を励ましながら2時間たっぷりと楽しんだ。

家へ帰ると妻は遊園地が一番面白かったと言っている。妻に取っては大冒険をしたような気になっているのだろう。今度はもっと違うレストランに連れて行ってやるなどと空約束をしながら、今日の思い出を話した。

妻には家事という仕事がある。でも今日の様子を見ているとどうも女性は仕事をするより遊ぶ方が良いらしい。今の女性は経済的な理由で仕事をしているのだろうが、本当は金持ちの家で専業主婦をしながら遊んで暮らしたいのだと読んだ。

今は男女同権と喧しく、デートに行っても男女平等に支払いをする。しかし私は結婚前に妻にお金を支払わせてことがない。当時は誰もがそうであった。それを若い女性に話したらそんな時代に生まれてきたかったと言う。例外は勿論あるだろうが、私は「男女同権」が嫌いだ。男が女性の保護をする。どこがいけないのだろうか。

酒巻 修平

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