グローバル化とは何だ

一般的には国を越えて貿易を拡大することであると理解していいようだ。しかしこれは一番狭義の解釈でその意義するところを詳しく吟味すると広義のグローバル化が見えて来る。

 貿易を拡大するということは物品を輸出入することである。例えば日本にない石油を中東諸国から輸入すること。あるいは新幹線をインドネシアやアメリカに輸出することである。

 これらは日本にない物を輸入し、他国が持ち合わせない技術などを使用した物を輸出することだ。しかし新幹線の輸出の場合を考えるとその運用手法も一緒に輸出されることも多い。

 しかし運用手法は物品ではなく、無形の技術である。中国は日本から物を輸入するときにその物の製造技術も移転しなければ輸入を許可しない場合があり、そうなると製造技術も輸出することになり、これも無形のものだ。

 無形のものを輸出することの意味を考えると、ある人の持つ技術、能力を輸出することも含まれる。人が自分の能力を輸出することになると、その人は輸入する国に体を移動、即ち居住することになる。その国の国籍を所得するかどうかは別として、輸出した国からはある人がいなくなることを意味する。

 そういう事態はいいことなのか、それとも好ましくないことなのか、観察する観点が違うと評価は違うが、輸出する国では重要な国力が喪失するとも言える。これが助長されると優秀な人材の多くが、輸入国に行ってしまう。

 こういう場合はどうだろうか。国内で生産されるが、生産コストが高い物をコストが安い国から輸入する。そうすると輸入する国のその産業はやがて廃れる。イギリスにおける繊維産業、日本の牧畜などはそうして衰退していった。日本の繊維産業はイギリスの繊維産業を疲弊させたが、今度は中国などによりほぼ壊滅的な打撃を受けた。

 グローバル化は一見世界経済を活性化させると思われているが、解析するとどこかの犠牲の上に成り立っているとも言える。これが極限にまで行きつくとどうなるだろう。中国などの人件費は高騰し続けている。いずれ中国の生産コストより安い国が現れる。そうすると中国に残るのは何だろうか。

 中国は物を輸入するときにその物の生産技術の移転も要求した。当初は安いコストで最先端の技術を駆使して輸出を伸ばせただろう。しかし技術はいつまでも旧来の技術ではない。日々進歩し、革新が進む。自国で研究開発をしないで他国の技術をただ同然に手にいれた中国には研究開発という概念がなかった。

 だから生産コストが低い他国が輸出を始めると、そのうち中国製品は売れなくなる。これは何も中国ばかりではない。韓国も同様な事態が過去にあり、今や韓国の経済は破綻寸前である。

 だからと言って技術を輸出した日本が中国や韓国の状態を喜ぶべきではない。それらの国の経済が破綻すると国民はどうなるのか。貧困になった国民はやがて食料も手に入れられなくなる。餓死しなければならない。韓国では自殺者が非常に多い。自殺する人だけが餓死する訳ではないが、由々しき事態であるのは変わりない。

 そんな状態が全世界に広がるとどうなるのだろうか。産油国など産業の元になる資源国は生き残るだろうが、資源を持たない国は亡びるのか。今まではそれらの国をそうでない国の連合(IMFなど)が助けてきた。しかしやがて助けられなくなるときが必ずくる。グローバル化が進めば助けていた国も物が売れなくなり、国全体の経済も悪くなるからだ。

 アメリカも同様だ。日本がその技術力(日本には大きな発明力はないが、発明は20年で特許が切れ、誰でも発明された物の生産技術が使用できる)で例えば飛行機を生産するようになればどうなるか。アメリカの飛行機生産会社は大きなダメージを受ける筈だ。

続く

酒巻 修平

—–

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です