ネットで情報を得る社会的影響

 コンピューター使用技術が発達して今ではどんな情報も机に座って取得することができるようになった。実に便利な世の中になったものだ。

 だがどんなことにも裏表があり、便利になった分マイナスの点が出現するように思われる。便利になるということは本当にそんなに良いことだろうか。

 あなたはイタリアのナポリの風景を日本の自宅にいて見ることができる。観光をするつもりがなくてもそれなりの雰囲気を味わうことが可能だろう。

 フィレンチェにだって行けるだろう。ローマのスペイン広場の階段に座っている自分を想像することができる。そしてあなたはその魅力に取りつかれ、お金をためていつの日かローマに行きたくなるだろう。

 だがこのように誰もが机の上で情報を取れることができるようになると大勢の人が本当にスペイン広場に行くことになる。行ってごらんになると分かるが、観光客が多すぎて広場の名物である階段は見ることができないだろう。観光客が階段の全ての段に座っているからだ。

 どこに行っても観光にならない。京都は外人に占領され、古都の味わいはもうない。京都に店を構えている人もこれには困っている。そんなに大勢の観光客が来ても店には入りきらないから、営業成績が上がるわけではない。

 ビジネスの点からこの現象を考えてみよう。比較的大きな企業は新しい考えの事業を起こすことを止めて、安易にその資本を生かして小規模な店の営業を奪っていく。

 個人営業の文房具屋、肉屋、魚屋、八百屋、喫茶店、煙草屋、本屋、工具屋、電気屋、家具屋などなどほとんどが姿を消した。八百屋などそのうちに若い人は意味を分からず死語になるかも知れない。

 コンピューターによる情報処理は大量、画一的になりそれぞれの分野で店や企業の特徴がなくなっている。どこでも同じような営業方針で臨むものだから、どこと取引してもどのスーパーマーケットで買い物をしても、値段も一緒ならサービス内容も変わらない。買い物の楽しみも薄れてしまった。

 この間リングのサイズ直しをする店を探した。リングの石は直し代金より相当高価だからすり替えられると大損をする。だからまずデパートに行った。直し代は消費税込みで30000円弱。

信頼はできるが、代金が高すぎるように思えて個人がやっている直し屋さんに行ってみた。デパートの代金を聞いてその店の主らしい人は驚いた。べらぼうだと言う。その店の治し代は7000円ほど。

でも何だか今度は安すぎる気がしてもう一軒行ってみた。そこは10000円と爪の高さを低くする料金が10000円。デパートや一軒目の店では爪の高さを低くすることはできない。

 そこは直しの仕事をもう50年もやっていると言い、あるじが若い時作業をしている姿が写真に撮られ飾ってある。何となく信頼できそうなので、そこに頼むことにした。

 このように小さな店はどこも個性があって、買い物や依頼事をする楽しみがある。自分の足で見つけた店で買い物をするのは二重の楽しみだ。

 だがこれらは全て個人的な観点での現象である。企業レベルで考えると誰もが情報を持っていてサービスが同等なら価格競争になる。値段は自然にだんだんと低くなる。

 利益率が薄いとちょっとした経営ミスで会社は倒産の危機に晒されるのだ。会社の利益が薄くなると社員の給料も上がらない。寡占化が進み、零細、中小の企業は生きていく場所がなくなる。

 コンピューターの使用技術に長けている企業や個人が大きな営業利益を得る。だが本当に製品やサービスが良いわけではないのだ。社会は複雑化していくが発展はなくなるだろう。

 そして過当競争が行くところまで行くと、少数の企業だけが残る。寡占というより独占体制を築く可能性がある。世の中で見かける車はトヨタだけになるかも知れないのだ。

 詰まらない社会だ。昔のことを言うと老人がと言う若い人も多いだろうが、昔は生きていて本当に楽しかった。人々は信頼しあい、ホテルは前払いなどを要求しなかった。ホステスが客の飲み代を立て替え、客は給料をもらうと支払いに行く。そして立て替えてもらった倍の金を払う。

 高級な料亭から今の金で1000円もあればちょっとした飲み食いができた店もあった。色んな考え、店、企業があり、それぞれに良いサービスを提供してくれた。

 情報過多社会はそんな古き良き時代を終わらせてしまった。人の考えや社会が変わっていくのは当たり前だが、その変わり方が悪い方向に行っているような気がしてならない。

 コンピューターは人が考えることを止めさせ、社会はルールに縛られ、記憶だけが支配する世の中を作り上げていく。それが当然だと思う人はどうして昭和歌謡があって、平成歌謡がないか、考えてみて欲しい。

酒巻 修平

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