時間の測り方

 いろいろなものの測り方を度量衡と言う。長さ、距離、重さ、高さ、面積、などである。これらは人の大きなや体力を基準にして成り立っている。

 インチは親指の第一関節に関係があるし、フィート(フット)は一般の人の足のサイズ、ヤードは人の歩幅を基にしている。ポンドは簡単に持ち上がるくらいの石の重さだ。

 日本でも「尺」は足のサイズ、寸はその1/10である。また「間」は身長で、「坪」は間x間、すなわち寝るためのスペースだ。「町」は「間」の60倍で、「貫」は穀物の重量の単位としえて生活に密着していた。

だが近代になってメートルが使われだした。これは大まかに北極点から赤道までの距離の1/10000000である。科学が発達して宇宙を科学の対象とすることから使われ出したが、これは自然の大きさから定義しており科学を進行するのは好都合であっても、人の生活では不便この上ない。

 家で寝ている時、歩くとき、庭の広さ、体重など1mや1kgなど何の意味もない。日本では従来の計測法を尺貫法、イギリス、アメリカではヤードポンド法と言う。だから生活には従来の度量衡、科学をするときはm、kgなどを使えば良いと思う。

 だが何でも西洋の言う通りにする日本政府は度量衡法を制定し、違反者は逮捕され1年以下の懲役または百万円以下の罰金が課せられるという状況になった。誠に馬鹿らしい法律を作ったものだ。

 大工さんが不便なメートル法で仕事をせずに今までの尺貫法を使うと罰せられるなど日本政府の馬鹿らしさの究極を表している。

 さてそんな度量衡の問題は別として時間の測り方はどうだろうか。これも江戸時代までは人の体との関係で設定されていた。すなわち当時の単位は一刻を基準としていたのだ。1刻は2時間で、1時間は半刻(はんとき)、30分を小半刻(こはんとき)と言った。

 人の生物時計はその一刻を単位として刻んでいる。人と話し合いをしていて話題が出尽くすのが一刻である。だから一刻が過ぎると会議でもだれてくるのだ。

 大学の授業は90分だと思う。それは一刻、2時間を基準として90分プラス30分の休憩を含めての時間単位だ。

 今の1時間は多分イスラム圏の古い国が制定した計測法である。何故1時間が60分なのか、疑問が沸くところではあるが、説明としては60が沢山の数の最小公倍数になっているからだとしている。

 確かに1、2、3、4、5、6、10、12、15、20、30と11も公約数がある。そういう意味では使い道もあるが、それは数の上でのこと。実際の生活には生かせない。

 人の体は太陽に大きく影響を受ける。時間感覚もそうで、太陽を基準にした体内時計はサーカディアンリズムと言い、今の数え方では約24時間15分くらいである。

 それは約24時間、刻で言うと12刻である。日本の刻は十二支で呼ばれ、子、丑、寅・・・と進んで行き、最後は亥で終わる。これが2回回ると1日だ。現在の時間単位では24時間だ。2という数も意味のあるものだ。身体の機能全てが2進法的に機能している。

 夜太陽が沈むとこのサーカディアンリズムも狂う。だから寝ることができないと体に変調をきたす。時差ぼけはその例だし、寝不足で体がだるいのもその所為だ。

 ところで酒(江戸時代のアルコールは酒だけであった)はサンズイに酉(鳥)に飲むアルコールである。太陽が沈んだ後、大体夕方6時くらいから8時くらいまで飲むべきなのだ。

 それより早いと紫外線がアルコールを過剰分解してしまい、体に良くない。あまり夜遅くまで飲酒をするとサーカディアンリズムが狂いあくる日に影響を残す。

 人はどんなことで2時間すなわち1刻単位で行うのが効率的である。話しは言った通りだし、労働者は8時から仕事を始め1刻で一休みする。それが10時だ。午後は1時から1刻仕事をして3時には休憩に入る。

 そんな人の生活リズムを狂わせるのが1時間という単位だ。1時間の労働は中途半端であるし、もし2時間を超えて話し合いをすると超えた部分は実りが少ない。

 そんな大切な度量衡、時間単位の大切な意義を分からずに変えてしまう行政は国民生活の効率的な過ごし方の邪魔をするのだ。

酒巻 修平

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