私が経験した美

オオムラサキ

言わずと知れた日本の国蝶。確か高校時代だと思う、大阪二上山の山中で初めて採集した。家へ持って帰り、標本にして暫くその紫色を眺めて暮らしたことがある。その紫色は豊かな光沢を持ち、少年には至上の美であった。

懐かしき愛の歌 ― イギリス民謡

高校に入って、芸術の専攻では音楽を取った。クラスはたった5人。先生は音楽大学を卒業したばかりの初々しく可愛い女の人だった。最初の授業で模範演奏としてこの「Love’s Old Sweet Song」を歌われた。歌声は静かな教室に流れ、メロディーと歌手の美しさは胸に深く刻まれた。

バナナの味

バナナは当時高級品であった。しかし日本の経済が良くなるにつれ、私にも口にする機会が巡ってきた。初めて食べたバナナの味。今も食べるがあの時の感動はもうない。食の美とはあのことか。

女性の裸体

初めて見た女性の裸体に私の目は潰れそうだった。乳房の隆起、腰の膨らみ、黒を点じた陰部。秘すれば花。男性には永遠の美である。

アルツール・エンゼンのバス

大学受験に合格して用意していた入学金で買ってしまった蓄音機とロシア民謡のレコード。エイゼンは圧倒的な音量と温かい音を誇った。日本人歌手との違いに驚き、世界の広さを知った美しい低音、C2。因みの当時の入学金は1万円であった。

夕焼け

初めて設立した会社はいつまで経っても赤字。―僕にはいつ春が巡ってくるのか―と嘆いた。そんなとき多摩川の土手から見た夕日は私に勇気を与えた。それから1年して会社は黒字化した。自然の美。

我が子の笑顔

会社を経営していてアメリカ出張が多かった。家を長期に留守にして帰宅した私を迎えた子供の笑顔。嬉しそうに顔を綻ばせて、近づいてきた。純真な人間の美。

大般若長光

時代劇「長七郎江戸日記」で主人公が使う刀。国立東京美術館に保管されている実在のもので、作家村上元三はその名前を拝借したのであろう。国宝に指定されているが、刀身に表れた波紋、反りの美しさは国宝の名に恥じない。武器でありながら、工芸品でもある。

バッハ、アリア

「G線上のアリア」という名前で知られるこの曲。アマティ作のバイオリンで名手が奏でると全ての悩みが霧消していく気がする。天才の業による美。感動する。

愛犬の死

我が家の愛犬の名はテラ。買った犬小屋のメーカー名の「寺田」の前を取って名付けた。その犬は癌を患っていて、最後は玄関先の廊下で死んだ。生を一所懸命全うした後の神々しい姿、美しくもあった。娘は「酒巻家を守ってね」と手を合わせた。

ランプの風呂

初めて家を建てたとき、出来たての風呂に電灯がまだなくて、工事用のランプの灯りの元で入った。家を持てた嬉しさにそのランプの淡い光が美しかった。

曼殊沙華

菊にはまだ少し季節が早い。花がない庭に突然現れるように咲く曼殊沙華(彼岸花)。赤い独特の形を見せている。自然はどうしてあのような美しい形を創造するのであろうと驚嘆する。

最近の出来事である。突然の雨で困っていたところ、私が駅まで行くと分かったのであろう、一緒に入りませんかと女性が傘を差し掛けてくれた。最近失われつつある精神の美。女性の名前は聞かなかった。

美はそれを感得する人に等しくやってくる。

酒巻 修平

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