なくて七癖

 癖というのはどうも相当奥深いものらしい。例えば利き手というのは手のどちらを主として使うかというのも癖だ。

 利き手、利き足、利き目くらいは分かるが、利き耳になると本当なのと疑いたくなる。実は利き耳もある。

 そうすると利き口、利き肺、利き腎臓、利き睾丸などもあるのではないかと考えてしまう。私は臍曲がりではないかと思ってしまう。

 利き手とはどちらかの手の力が他の側より強いと考えれば良い。しかし、腕を背中の方に回すとき、どちらの側を肩の方から回すのかということになると、必ずしも利き手の方を肩から回すとは限らないようだ。

 胡坐をかくときや、半跏になるとき、ウインクするときはどうだろうか。

私には利き肺もあるように思えます。息を思い切り吐き出すときなどはどうもどちらかの肺の部分を多く使っているようだ。歌を歌うときはどうだろうか。面白い、考えると。

 利き・・・は癖だろうか。もし癖だとすると癖は遺伝すると思う。私の弟は子供のころ一緒に歩いていると、すぐにこちら側に寄って来て、ちょっと前を歩く。

 これには困った。歩きにくくて仕方がない。止めるように頼むのだが、すぐまた癖が始まる。

 兄は一時写真に凝っていた。昔のことだが、覚えている人もいると思うが、アナログカメラしかなかったころはDPEというのがあった。

 撮影したフィルムを町のDEP屋さんに持って行って現像してもらう。結構良い商売らしかったのだが、兄がいつも頼むDPE屋さんが駅近くにあった。

 ある日、兄が帰宅して言った。「お前、今日4時ころ駅を降りただろう」どうして知っているのか分からなかったが、確かにそのころ駅を降りた。

 兄が使っていたDPE屋さんは副業にたこ焼屋さんをやっていた。私がその前を通ったとき、そこのご主人がたこ焼を焼く手を止めて、私の方を見た。そのとき私はその理由が分からなかった。

 DPE屋さんは兄がそこに入ってくると期待して、顔を上げたのだ。ところが歩いていたのは私。

 私の歩き方には特徴があり(誰でもあるが)、その特徴が兄の歩き方の特徴とそっくりだったのだ。それでDPE屋さんは兄が来たと思い、兄は私の帰宅時間をずばり当てたと分かった。

 話し方にも勿論癖がある。「だからさ」、「つまりだよ」「そうだよね」。上げるときりがない。この文章の中にも私の癖が一杯だろう。

脳はどうだろうか。脳には癖があるのだろうか。絵を描くのは右、計算は左の脳を使っているとか言うが、本当だろうか。

脳は人体の最重要器官なので、脳の癖を研究すると色んなことが分かってくように思う。

 赤より緑が好き。太っている女性の方が細い女性より良い。あの上司の方が良いなあ。アルデンテより柔らかめの方が好き。

 これらは癖だろうか、体の欲望だろうか。どちらとも言えないが、しかし何かあると思う。

 そんなことを追及すると美とは何であるかという疑問に到達する。美とは何だという本は沢山あるが、どの本もまだ確信に迫っているとは思えない。

 癖は人の動作の特徴である。それを研究することにより、人の体の制御機構が解明されると信じている。

酒巻 修平

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