朝の景色

ga 年を取ってから早起きになった。今日も起床は5時前。すっきりと覚めた目で仕事の机に向かった。一段落してもまだ7時にはならない。

 朝飯までには少し時間がある。今日は10時に家を出るから、もう一仕事をするかとも考えたが、朝からそんな気力も湧かない。散歩に出た。

 家の前の道を下ると疎水があり、役所がベンチを置いてくれている。そこに腰を掛けて道行く人を眺める。

 小学校へ通う子供たちが通る。男の子は男同志、女の子も女の子同志、5,6人から4,5人固まって登校する。

 3年生くらいの子はまだまだ無邪気で、こちらが声を掛けると何の蟠りもなく、返事を返してくれる。4,5年の男の子はそうはいかない。

 無視する子、ちらっとこちらを見る子がいると思えば、どうも腕白坊主らしい子は近寄って来て、「おじさん、何をしているの」とか「今日は体育があるんだ」

とか、一言二言話すために立ち止まる。

 ほんの何十秒か1分くらいそんなことをしていると、友達は離れて行く。それを見ながら話を止めると一目散に掛けて行く。このころの男の子は面白い。

 女の子に話しかけたりはしない。ただ見ているとこちらを気にしている子、真っ直ぐ前を見て学校を目指す子。大体大人しい。

 6年生は男の子も女の子も同じ。おじさんなどに構わず、声を掛けても首を回すだけ。そそくさと通り過ぎる。

 ジョギングをしている人が多い。競技に出るわけではないから、ただ足を動かすだけ。フォームは考えない。ゆっくりと走っているけれど、息は荒い。

 犬を散歩させている人は話好きの人ばかりだ。最近は柴犬が多いが、雑種もいるし、ブランド犬も通る。立ち上がって犬の頭を撫でるとおばさんもおじさんも喜ぶのは犬を我が子と思っているのだろう。顔が綻ぶ。

 ブランド犬を連れた人は犬と同格になったのか、こちらを見ることもなく、ただ犬と一緒に歩いていく。晴れがましい。

 自転車に乗る人、車、おばあさんの散歩、そんな光景が続くとふと無人になることがある。鳥が鳴き、カラスが残飯を突く空白のようなひと時。

 昨日あったことや、今日これからの仕事を考えていると、空白の時間が過ぎ、人がまたやってくる。もう人や犬の景色も見飽きたし、腰を上げる。

 近隣の家からは物音がしない。百日紅が終わって金木犀がもう散りかけている。木がまだ緑を保っているなか、ゆっくりと足を動かす。

 この辺りは坂が多い。近くの階段はどういう考えで拵えたのか、一歩では上がることができないし、二歩では足がもつれる。

 ときに一歩、次には二歩で上り下りするけれど、どうも、足が整わない。このごろ考えた。最初は一歩で、次は二歩を使う。

 80段くらい上がると公園に登り着く。そこでは老人が話をし、運動をしている人が向こうに見える。立ち止まって見るが、子供と違って誰が誰だか、特徴がない。

 庭の手入れをする人たちの工事車が通るようになると、散歩にも飽きる。帰心が起こってきて、家の方に速足を向ける。

 家はまだ静かだ。さっきやろうとした仕事に取り掛かるけれど、すぐに躓く。考え考え、作業をしていると飯の匂いが漂いだす。

 仕事を進めるが気が散るともう駄目だ。玄関を出て、郵便ポストからはみ出した新聞片手にドアを閉めながら一面を見ると、また北朝鮮。

 平和なのか、これから危機が襲うのか分からないが、他人事のように、20面辺りに新聞を折ると、目の前に朝ご飯が用意された。今日も始まった。

酒巻 修平

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