もの忘れ、ど忘れ

 40歳台の後半になってから人の名前が出て来なくなった。あるいは物の名前も出にくい。

 一度前の家に来た植木屋さんも、もう60近くだと見え、木の名前を度忘れして、困っていたことがある。植木屋さんに取って客の質問、この木はなんという名前というのに答えられなければ、面目丸つぶれだ。

 何回かあったお客さんの名前が出て来ないことがあるので、部長とか課長さんとか呼んで誤魔化すことがある。ところがその人が帰ると途端に思い出すのだ。

木下省吾さんとか、不思議に下の名前まで思いだす。

 ある割烹の女将とそんな話をしたときに、女将は相手の職業や名前を忘れたときは「先生」と呼べば、風波が立たないと手の内を明かしてくれた。

 年を取るごとにその物忘れの度合いが増えてきた。机に座っていてドライバーを取りに物置などに行くときだって、目的地に着くと自分は何しに来たのか分からなくなって、少し戻ると思い出す。

 家を出るときも忘れ物が多くなった。携帯、財布、鍵。そんなものが忘れ物の筆頭株なのだが、携帯を忘れるとすぐに思い出すのは、用事で人に電話を掛けようとポケットに手を突っ込むからだ。

 仕方なく100メーターくらい行ってから取りに戻る。そうすると今度は財布も忘れたことに気が付く。取りに戻る。家を出る。そうすると今度は鍵だ。結局3つの物を忘れて3回取りに戻る。

 自分自身に腹立たしいが、止むを得ない。ちょっと前までは急ぐと持っていくものを頭に思い浮かべるから、忘れ物をしなかったが、最近は急ぐと忘れ物の数が増える。年は取りたくないと思うのはこんなときだ。

 同年代の人に聞くとその人も同じことをするらしく「俺もある」とか「そうだよな」と同病相哀れむ会話。本当に年は取りたくない。

 テレビ番組でアルツハイマーのことを良く見かける。それを防止するにはどうしたら良いのか。あるいは遅らせる方法はあるのか。原因はホルモンの分泌が悪くなるからだとか言っている。

 忘れ物や度忘れが多いと自分では思っているが、それはひょっとしたらアルツハイマーの初期の症状ではないのか。そう言えばだんだん進んでいる。

 いや友達も同じことを言っているので、これは軽い老化現象だ。しかし友達もアルツではないのか。揺れ動く老人心。

 ところが不思議に数字や英語の単語は直ぐに出てくる。アルツだとこんなことはないだろう。だかれら自分はアルツではないのだ。そう慰めるが不安は去らない。

 銀行のATMのところは特に気を付けなければならない。キャッシュカード、財布、振込相手の口座情報を書いた紙。あるいは駐車カード。それらを手に持ち、横の棚に置き、操作をする。

 しかし気を付けないと何か忘れる。キャッシュカードなど忘れれば、目も当てられない。再発行はとても不便だ。銀行側が監視カメラを設置して客が何か忘れ物をしたらすぐに駆け付けるようにして欲しい。そんな愚痴も飛び出しそう。

 ここの口座がから30000円引き出して、そのうち20000円はこっちの口座に入金してそこから振込をしよう。すると振込手数料はどこから出そうか。そんな複雑でもないことをしようとしても、全て上手くいった験しがない。

 そこで考えた。どうして度忘れなどするのだろう。アルツとどこが違うのだろうか。思考の結果は・・・。 物を記憶するのは海馬の役目だ。そして思い出すのも海馬が作用する。

 海馬には情報を取り入れる機能、それを保存する機能、そしてそれを取り出す機能の3つがある。度忘れは最後の取り出す機能が減衰しているからだ。アルツは最初の取り入れる機能が作動しない。だからアルツと度忘れは違う。

 これで安心して少しアルツのことを忘れることができそうだ。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

事業継承制度

次の記事

2070年