老後対策預金

 若い男性の話を時々聞く。今の若い人はどんなことを考え、実行し、将来の計画はどうであるかといった一般的なことだ。事業においてそんなことは参考になるので、できるだけ聞くようにしている。

 お酒を飲むのか、彼女がいるのか、あるいは余暇の過ごし方など、そのとき思い付いたことを聞くのだが、驚かされる話しが多い。

 すなわち、彼らの多くは酒を飲まない、車には興味がない、だから彼女もいないというものだ。そんな答えに驚いて更に聞く。

 では何のために働くのかという疑問が湧いてくるからだ。そして答えは老後のために貯金をするということだ。

 彼らは老後が不安なのだ。結婚をするのかしないのか、それについての確固たる意見はないのだが、とにかく年を取って働けなくなったら、預金を崩して生活をする計画を立てている。

 私たちが若いころはそんなことを考えなかった。思慮がなくて考えなかったのかも知れないが、彼女を持って、デートをすることだけを目的に生きていたように記憶している。

 どんな手段で彼女を作ろうか。彼女ができたときは、どうしたら自分が独占できるのかと考えた。今の若者の男性と比べたら、極めて刹那的で、金銭的に無計画であった。

 給料が入ると当時盛んだったキャバレーに女と話すために行き、給料前の金がないときは一杯120円の冷酒を飲み、一本10円のもつ焼きを食べに行った。そして給料日の朝には手持ちの金は0。

 しかし楽しかった。彼女ができると宙にも舞うように精神が高揚した。もちろん女性とのデートでは男が全ての経費を負担する。

 そのころ結婚は人生の墓場であると言われていた。それはそうだ。もう独身のときのように小遣いはない。給料の全てを妻に渡し、その中から昼飯代と少しだけ小遣いをもらう。

 それを今の若い男性の多くがやらないと言っている。老後に備えてできるだけ経費を支出せずに貯金をするのだ。

 若い女性の手も握らない。あのわくわく感を知らない。可哀想ではないか。年老いたときのために一番楽しくて充実した青春時代を老後のために過ごす。

 貯金した金で老人になったときの全期間生きていけると思っているのだろうか。絶対無理だという計算がなりたつ。

 物価は上昇するだろうし、寿命も長くなっている。貯金だけでは10年ほどしか生きていけないだろう。

 もう少し考え方がないのか。手に職か芸を付けて、会社から退職したときにはその芸を生かして収入の道を開くこともできると思うし、政府も生きていけない人が大勢いるような社会を放置するとも思えない。

 江戸時代はどうなっていたのか。明治、大正、昭和になって若い人が老後に備えて貯金をしたとも思えない。

 我々の子供の世代はもう40台だろうが、その人たちもそんな考えを持っていない。となるとそんな現象が始まったのはつい最近であろう。

 理由は何なのだろうか。年金が少なくなったからか。それとも若い男性が賢くなったからか。

 それにしても人生の一番充実しているときに何もしないで、貯金をするという詰まらない人生を送って良いものだろうか。何のために生きているのだろうか。金を使わないで頭を使っても同じ楽しみがあるのだろうか。

 若いときは感じないだろうが、人はすぐに年をとる。そんな大切なときを無駄に過ごしてはならない。

酒巻 修平

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