自由の制限

人は父と母の二人の遺伝子を受け継ぎ、従ってその体は二進法的に制御されています。興奮し過ぎた交感神経は自動的に抑えられて、通常の状態に戻ります。

 ここには亢進と抑制という二つの機能が備わっていますし、免疫機構も同様です。免疫が抑制できないと病気になりこれは異常な状態です。男女があるのも自然な状態です。

 考え方や脳も例外ではありません。従って社会生活は二進法的に営まれます。権利義務、積極と消極、有形無形、明暗などなど、数えたらきりがありません。

 権利があれば義務が生じます。逆もまた真です。給料を貰えば、その額に応じて働く義務が発生します。お金を払えば品物やサービスを受け取ります。

 違う見方をすればこちらが権利を行使すると、相手も自分の権利を求めます。ところがアメリカ等では権利だけが声高に求められ、義務の遂行が疎かです。

 ここに不幸の根が存在しているのです。アメリカは国土の大きい国だから、当然得られる権利は大きな声で主張しなければ手に入れることができない場合があるので、多少仕方のないとも言えます。しかし義務を忘れてはなりません。

 極端な場合を考えると良く分かります。犯罪を行えば、刑罰が義務として発生します。自由を謳歌する権利は誰にもありますが、それには代償が求められます

 昔の女性は男性に何くれとなく支配されましたが、相手の男性は女性に優しく接しました。会社でも女性が定時に退社しても男性は残業して仕事をしたし、デートをすればお金は全て男性が払いました。

 男女同権になってこんな考え方がなくなりましたが、それに応じて男性の義務もその分減少しました。

同様な考え方で自由の行使は許されていますが、その反対の義務も求められるのは今見て来たことから明らかです。

 言論の自由は憲法でも保証されていますが、義務は明示されていません。しかし義務がないと考えるととんでもないことになります。

 マスコミはこれを吐き違えることが多いので、社会はマスコミに毒されています。自由に言論を発表すればその言葉から来る義務が生じます。もし間違ったことを書けば被害を受けた人から損害賠償を要求されることになりかねません。

 マスコミは真実を報道する権利を持っています。ところが不確かなことや真実でないことを述べ、その義務の発生に目を瞑ることが度々見られます。

 このことが分からないマスコミは糾弾されるべきですが、義務を果たす方法がない場合もあります。

 例えば間違って誰かを犯人だと新聞紙上で書いてしまうと、その人が社会から受ける不利益など表面上は兎も角、実質的には復元できません。

 「あの記事は間違いだった。だからここにお詫びをして訂正をします」と義務を果たそうとしてももう遅いのです。その人は社会から抹殺されて、自分の権利を行使する手段を失います。

 朝日新聞は韓国人慰安婦が戦時中強制的に軍部に駆り出されたと報道しましたが、これは事実ではありません。

 慰安婦たちは多額の金銭を受け取って職業として慰安婦になったのです。いや元々慰安婦だった人が自分から応募して、軍部に採用されたのです。そこには明確に権利義務の行使があり、公平でした。

 その報道は今韓国側が日本に不利益をもたらす原因になっています。韓国はその報道が事実でないと分かっていながら、それに目を瞑り、日本に義務の遂行を要求しています。朝日はこれを修復することができません。いや義務の遂行をする態度も見せていません。

 マスコミの報道は選挙戦にも好悪の影響を及ぼします。マスコミの横暴は目に余る状態です。かれらは義務を遂行する手段を持たないので、彼らに対する自由は制限しなければ社会は悪化の一途を辿るでしょう。

酒巻 修平

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