事件への過剰反応

 物事の発生が結果とすると、その原因が必ずある。地球が温暖化しているのであれば、二酸化炭素の過剰な排出か太陽の活動が活発になったとか未知であっても原因があるものだ。

 最近は昔と違って犯罪が多い。殺人などの凶悪犯罪は毎日ほど起きて我々は個々の事件をすぐに忘れるくらいだ。

 勿論この凶悪犯罪の増加には原因がある。人の脳が異常化したのか、母親が子供を愛してやらないのか、それとも貧富の差が激しくなったのか、いずれにしても良いことではない。

 悪いことばかりが起こるのではなく、良くなっていることも多い。東京では地下鉄網が整備され、車がなくても早くどこにでも行けるし、夜中家からでも銀行振込ができる。非常に便利な世の中になった。

 人は努力をする動物である。目的を持って努力をすれば結果は伴ってくるので、世の中を便利にする努力をしてお陰で、全てにおいて物質社会は便利になった。

 社会における物質に関する努力をして物質は豊富になったが、精神を豊かにする努力は等閑になっている。電車に乗って見ていると老人が乗って来ても若者は席を譲ろうともしない。我慢をする努力がなされていないので、若者はすぐに切れる。

 学校に道徳の授業があるかどうかは知れないけれど、政府も親も子供たちに道徳の在り方を真剣に教えない。母親の一番の関心事は子供を良い大学にやることだ。

 ところで社会を律する規範には3種類がある。法律、道徳、宗教である。宗教上の規範は宗教上許されないことを考えるのも悪であるという思想である。これでは実社会の活性化が図れないから、一般の人が守るには荷が重すぎる。

 今は法律を冒さないことを重点的に考え、社会が成り立っているように思われる。法律とは人が冒してはならない最低の規範で、それ以下はもうない。

 困っている人を助けるとか、他人の子供にも温かい目を向けるなどは道徳であって、このレベルの規範を冒しても罰せられることはない。

 罰せられないから、人は守らない。そう考えると社会は殺獏となる。それが現在の社会の状況だ。

 精神的ないじめをしても罰せられないし、肉体的なことでも18歳未満の青少年や子供は大した罪に問われることはない。

 会社でもいじめは横行しているが、あまり大きくは取り上げられない。しかし新聞やテレビで報道されると社会は途端に大きく反応する。

 最近働かされ過ぎが原因で自殺した人のことが報道された。働かせ過ぎは良くないことだろうが、私が学校を出たころは高度成長期で夜12時まで働いた。トヨタに就職した友達は毎日終電車で帰宅したと言っていた。

 今もこの状態が変わらない会社もあるだろう。そしてそんな会社の社員が働かせられ過ぎて自殺したと言う。自殺した人にはよほどのことがあったのだろう。非常に気の毒だ。

 社会は大きく反応し、政府が対策に乗り出し、労働時間の短縮、早く帰宅する日を設けるなど対策が取られた。だがこれは正しいことだろうか。個々の問題と全体の問題をはき違えていないだろうか。

 この事件を社会現象として捉えるのは正解だろうか。政府が人気取りのための対策を取ったのではないだろうか。

こんな政策を取られた大会社は困っている。そんな政策をと取ると競争に負けるからだ。競争するのが良いのか悪いのかは別の論があるが、これは明らかに過剰反応である。

 自殺された人の状況を詳しくも考察しないで、個々の問題を全体の問題にシフトするのはどう考えてもおかしい。自殺した人のためにも本当の原因を突き止めるべきであると思う。

酒巻 修平

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