人の噂も75日

 日本には掲題のように「人の噂も七十五日」という言葉があります。これは日本人が忘れやすい、また忘れてしまうということを表しています。

 どんな悪いことをしても75日すれば忘れられてしまうということでしょう。これは人の悪もある程度は許してしまうという日本人の性格の現れです。

 親鸞が考えた「悪人正機説」は悪人こそが救済の対象であるとした考えですが、この親鸞も日本人の許すという性格が元々あるからこんなことを唱えたとすると納得がいきます。

 もし日本人にそんな性質がなければこの考えは受け入れられなかったし、定着はしなかったと思われます。ヨーロッパに人にこのようなことを言っても悪人はどこまでいっても悪人だと相手にされないかも知れません。

 最近この「人の噂も七十五日」という言葉をテレビで聞きました。それは元東京都の知事の舛添要一氏が堂々とそして自分の悪を自分で許す態度で言った言葉です。

 これは頂けません。悪を許すのは悪人本人ではではなくて回りの社会だからです。それなのにそんな発言を何千万人の前で行うなどもっての外です。

 だがテレビはこの薄汚い男をテレビに登場させてしまいました。視聴率を稼ぐにはどんな手段も厭わないという考えからきているのでしょう。

 人を許すというのは大切な行為ですが、その行為が続いていたり、反省していないとあまり早く許してはならないということもまた良俗な社会を守るためには必要です。

 敗戦が決定的になった日本に原子爆弾を落とすことを許したトルーマン大統領やその行為を許してはならないのです。

 一部の学者などは「原子爆弾を作ったのは一生の不覚であった」と身を苛まれるほど反省しています。ですがアメリカや多くの国民はそれによって無辜の人が何十万人と死んだことに対していまだ反省していません。

 反省しているのはアインシュタインなどですが、政治家は誰もそうは考えていません。アメリカの前大統領のオバマ氏は反省の色を示し、広島の原爆記念館に謝意を表するために訪れました。

ですが、それは政治家としてのジェスチャーで、本当の謝意ではありません。アメリカ国民のほとんどがその行為に対して賛成していないからです。

 相撲という職業からの関わりを絶った元貴乃花も相撲協会を許しませんでした。興行第一で正しいことを正しいと言い、間違っていることを間違っているとしない相撲協会の態度を許せなかったのでしょう。

 就中八百長を野放しにし、力士を使い捨てのように酷使する協会の方針を協会員の利己的な態度は許しがたいと考えたのでしょう。

 また逆に許すことを知らないのも不幸です。韓国では中央を走る山脈の北側をより尊いとし南を軽んじるようです。

 だから金大中が南の出身者として初めて大統領になるまで、南出身の大統領はいませんでした。

 これは日本の奈良、平安時代にあった韓国内の戦争の結果をいまだ引きずっているからです。韓国社会や人々の多くは許すということをできないのです。

 こういう社会、人は不幸です。ちょっとしたことでも引きずり、そして忘れない。だから世界に疎んじられているのです。

 ヨーロッパも18,19世紀のいがみ合い、戦争から離れ、いまやEUとして連携しています。

 罪を憎んで人を憎まずとう格言は尊重すべきですが、許される人もそれを重く受け止め、身を慎むことが大切です。

 時には貴乃花のように許さない人もいるべきです。そうでなければ節操のない日本社会が出来上がるでしょう。我々はまだ舛添を許してはなりません。

酒巻 修平

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