日馬富士事件と封建制

 日馬富士がビール瓶で貴ノ岩の頭を思い切り殴り、

さらに暴行を加えたことが報道された。

 これは喧嘩である。上級者が下級者を教育目的で

制裁してというのではない。

 それに対して貴ノ岩は一切反撃しようとしていない。

それは横綱に反抗することが相撲社会では許されない

行為であるからだ。

 下級の相撲取りは上級者に殺されるような暴行を

受けても反抗できない状況とは何なのか。この社会

にはいまだ封建制が残っている。 

 そんなことで良いのだろうか。横綱は単に強いだけ

の力士だ。そこには品格など存在する筈がない。勿論

例外はいつもあるのだが、横綱には品格など求めても

得られることはない。

それに八百長だ。つい何年か前、八百長問題が

クローズアップされて、やっと騒ぎが収まったばかりだ。

 相撲ファンは八百長があるのを承知で相撲を見て

いる。相撲から八百長がなくなってはいない。それは

淡い期待である。八百長は江戸時代からある。

八百長をしない力士はほんの一握り。白鵬、鶴竜、この

日馬富士。全て八百長漬けだ。

 巡業では八百長の練習をしている。見れば分かるが、

巡業では一所懸命には相撲を取っていない。全てが

八百長相撲だ。 

 八百長と言えば、かつて大鵬もやったし、千代の富士

などはほとんどの取り組みが八百長だとの言い伝えが

ある。

貴乃花は八百長をするのが嫌だったので、兄の若乃花

と優勝決定戦をやったときの八百長の下手さ加減は今でも

覚えている。

品格と言えば、横綱になった蒙古人に品格を求める

ことができるのか。例外の鶴竜がいるが、朝青龍、白鵬、

日馬富士。この男たちのどこに品格があるのだろうか。

 白鵬は脳震盪を起こさせることを目的として腕で

相手の顔をかちあげる。相手が土俵を割っても駄目押し

をする。

 朝青龍など見るのも嫌だ。日馬富士はまだ良いかと

思っていた矢先にこの事件。

 相撲を国技と言うなら、この際相撲に入門できるのは

日本国籍を持っているものに限ったらどうだろうか。

 相撲協会は金儲けしか考えていないので、力士の体の

ことなど考えない。自分さえ良ければそれで良いのだ。

勿論相撲協会の幹部にも品格はない。

 それなのに横綱は品格がないとなれないと規定する。

馬鹿らしくて仕方がない。大体良い精神を持つことを

学ばない人に品格の持ちようもないではないか。

 しかし日本伝来の武術のうちで、伝統の体の使い方

をいまだ保持しているのは相撲だけだ。これがなくなる

のはとても残念だ。

酒巻 修平

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