もしも眼鏡がなかったら

 江戸時代、眼鏡は輸入品だったので、相当裕福な

人でないと眼鏡を使用していなかったと思われます。

 だから江戸時代には裕福でない人は書見(本を読むこと)

などどうしていたのでしょうか。

 勿論近眼、老眼の人もその時代から沢山いたでしょう

から、眼鏡は勉強や仕事に欠かせない筈なのに、どの

ようにしていたのか、疑問です。

 明治になると眼鏡も国産化されたので、それからは

不自由はなかったでしょうが、江戸時代には本当に

不自由だったと思います。

 ド近眼の男性は結婚する女性の顔も近くに来ないと

見えない。だから結婚するまで容貌も分からない。

 結婚した後、その女性が自分の好みの容貌とかけ

離れていたら、さぞがっかりしたでしょうね。

 当時は車がなかったから、良いようなもの、近眼の

人は遠くが見えないので、飛脚にはなれなかったで

しょうね。

 商人はどうしていたのでしょうか。時代劇を見ても

近眼の人は出て来ないので、状況は分かりませんが、

ある程度年を取って帳簿を見ることができなくなった

ら、どうしていたのでしょうか。

 今の会社で社長でも書類を見ることが要請される

ので、当時の商家では番頭さんに全て任せていたので

しょうか。

 そうすると番頭さんというのは若い人だったので

しょうか。輸入は原則禁止だったので、困ったでしょう

ね。

 ところで江戸時代、家の中は相当暗かったと思われ

ます。

 百目蝋燭と言って相当大きい蝋燭でも4時間はもた

なかったから、夜に勉強などする人はいなかったで

しょうね。

 私が小学生のころ理由は忘れましたが、蝋燭を良く

使った記憶があります。

 江戸時代にはこの蝋燭は1本8000円くらいした

そうですから、よっぽどのことがないか、裕福な家

あるいは遊郭など以外では使わなかったでしょう。

 そんなときに眼鏡がなかったら、夜はアウトです。

もう寝るしかありません。

 書物は大きな字で書いてあったでしょうね。そうする

と今度は紙の問題が出てきます。紙も当時は高価でした

から勉強するのはとても経費が掛かったと思われます。

 ある程度裕福な家では造園をしていました。しかし

眼鏡がないとその庭も見ることができない。だから緑

とか赤とかがぼやっと見えるだけです。

ともかく目は感覚の一番重要な器官ですから、眼鏡が

ないということは苦痛そのものだったと気の毒です。

 だけど裕福な人は眼鏡を持っていました。江戸時代に

はお金がないと勉強もできないし、仕事さえできません。

酒巻 修平

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