間違いの科学

 人が生活する上でどれだけ間違い

があるのだろうか。

 例えば会社の経理。経理は簿記と

いうシステムを使って、間違いが

起こらないようにしている。複式

簿記と言って計算の左右が合致しない

とすぐに分かるようになっている。

 ところが国の経理は単式だから、

方々で間違いが起こる。いや間違い

にさえ気が付かない。

 一般生活の場ではこの間違いで

生活の利便性が失われ、極端な場合

は命さえ守れない。

 高速道路の路側帯は左に設置して

ある。あれはどうして左なのか。右

にあれば大事故が防げると思うのだが。

 信号は人と大型のダンプカーが同時

に渡れるように設定されている。ダンプ

が左折すれば歩行者と接触することが

多くならないか。

 極め付きは信号系統だ。20年以上

も前に私は警察庁にクレームをした。

そのとき「抜本的に対処しなければなら

ない」というのが彼らの言い分だったが、

いまだ何の改良もない。

 信号系統が不整備なために日本のGDP

は年に何兆も減少しているし、排気ガス

は多くなるし、ガソリンの使用料も増加

する。

 天然災害も人に不利益が降りかかると

いう意味では間違いの部類に入れていい

だろう。

 ここでは政府もかなり努力をしているし

一般家庭では非常用の水、食料を確保して

備えている。だから災害が起こったときの

被害はかなり軽減していると思われる。

 病院でもそうだ。患者の取違えが発生し

ないため、何度も確認作業をしている。

 ところが医師の間違いは正そうとしない。

間違っても隠蔽するだけなので、最近でも

6人以上手術で患者を死亡させた医師がいる

というのに、刑事罰も受けない。彼は未必の

殺人を犯している。

 出かけるときの忘れ物。電車の乗り違え、

喧嘩、病気、事故、失業、犯罪などなど。

間違いの方が正しいことより多い。

 それは当たり前である。正しいことはただ

一つ。間違いは無数にある。神様が作った

人の体させ間違いだらけだから、人がやる

ことに間違いは付き物だ。

 そんな間違いは起こらないように努力しな

ければならない。現にコンピューターでは

それがある程度実行されている。人の間違い

を予測は可能であるし、やればできるのだ。

酒巻 修平

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