日馬富士事件とグローバリズム

この事件に絡んで蒙古人力士と相撲協会の

間で不協和音が聞こえてくる。

 特に白鵬は日本の伝統をある程度無視

する態度を取り、顰蹙を買う場面が多い。

 郷に入っては郷に従えという言葉が日本

にはあり、「Do in Rome as Romans do」と

いう諺が古代イタリアにはあった。

 これは単に自分がいる場所の風習に従え

と読んでいたが、違った解釈が成り立つとも

思えるようになった。

 即ち土着に人たちは外来者の振舞いに

困りこんな言葉を残したのではないかとも

思える。

 白鵬たちは蒙古人の風習をいまだ半分持って

いて、それが諸所に出るのではないか。生まれ

育った環境から与えられた習慣や言葉はそう

簡単に変えられるものではない。

 それを相撲協会が変えようと試みたが、

横綱になりそれなりの権力を持つようになった

白鵬は蒙古時代の振舞いをしてそれを認めさ

せたいのだ。

 これは何も相撲に限ったころではない。

外人が日本で多くなるに従って、彼らは自国

の風習を持ち込むのは自然の流れだと思われる。

 アメリカは移民を比較的簡単に受け入れる

国である。そのアメリカは今、彼らが持ち込んだ

悪習に困惑している。

 ヨーロッパ各国もそうだろう。特に自国で

食いはぐれた人間ほど面倒を起こす。その態様

は自国流だ。

 日本にも外国人が増加している。それを政府は

どう思っているのか、日本国籍を取得するのは

容易でないが、相撲取りに簡単に国籍の取得を

許可するとそれだけ簡単に外国の風習が蔓延す

る。

 それを分かっていて行動するならそれでもいい。

それは政府の考え。相撲協会はそんなことを考えず

に外国人力士を採用した。

 だから白鵬にように権力を持った人間が自国

流の言動をするのだ。それを今更怪しからんと

言って止めることは一時的にはできるだろうが、

長い間にはだんだん外国流のやりかたが相撲の

世界にも蔓延るだろう。

 とても難しい問題を抱えている。日本人はもう

相撲に対する興味を半減させている。いくら人気

があると言ってもそれはグラデュエーターの格闘

を見る興味で、相撲取りになるという興味では

ない。そしてだんだんと日本人力士が減少して

くる。

 大相撲が国技というなら外国人の力士を採用す

るのはどうかと思われる。この際、国技を止めて

野球のような制度を取るか、それとも外国人力士

を許さないで国技を貫くかどちらかであろう。私

は後者が良いと思う。

酒巻 修平 

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