若村麻由美

で夕食を摂るときは6時から時代劇を見る。七面倒な書きはないし、アルコールでぼやけた頭には丁度良い。運が良いときには7時からも時代劇がある。鬼平犯科帳や剣豪商売は筋を追わなければならないが、確か水曜日に放映されていた「御家人 斬九郎」程度がもってこいだ。

 勿論基本は荒唐無稽なことだが、それで勿論多少の筋書きが必要で、その点この時代劇には原作者が後ろにいる。脚本家が原作者並みに筋書きも考えて劇を作るのは単純でアルコール漬けの頭にも退屈だ。

 斬九郎役の渡辺謙はとても良いし、脇役の若村麻由美が出色のできだ。形が理想的な顔立ちに化粧乗りが抜群である。仇な科白回しもすかっとする。何よりも立ち居振る舞いは絵になっているし、目配りは芸術的でさえある。

 その斬九郎が終了し、がっかりしていると代わりに「夜桜お染」が若村主演で始まると新聞に出ていた。

 ところが何故か私には期待が持てなかった。若村麻由美は主演者として相応しくないような気がしたからだ。バイプレーヤーの若村は上記の通り言うところのない演技をしたし、美しさは数ある美人女優の中でも群を抜いていた。

 その「夜桜」の第一回目を見た。やはりどこか物足りない。途中で鬼平犯科帳にチャンネルを合わせたり、また戻したりしたが、どうもいけない。

 

 斬九郎のときのように美しさが引き立たないし、存在感が薄い。それで原因は何故か考えてみた。やはり渡辺謙が主役としていてそれに引きずられて若村がいたのだ。渡辺が若村の美しさと演技の確かさを引き出していたのだろう。

 「夜桜」の主演者として若村の科白が早すぎるし、緩急がない。間を取らない。演技をし過ぎ、いつも何か動作を行っている。即ち鬱陶しいのだ。同じ女優なのに、美しさも半減している。

 画面には絶えず現れるが、存在感がない。筋も詰まらないから、これは脚本が悪いのか、監督の能力不足なのか、若村の演技力が足りないのか。そこのところが分からないが、最近はもう観る興味もない。

 そう言えば現代劇にもどこかで出ていたと記憶しているが、そこでも若村らしい華やかさがなかった。思えばちょっと生意気な芸者役が十八番なのであろう。そうであれば芸域が狭いと言える。

 女優は主演者になり難いが、そうばかりとは言えない。立派に主演をこなしている女優も何人かいるし、女優には女優としての演技方法があると思える。今は男女同権と叫ばれて煩いが、男女の違いは厳然と存在する。

 いつの日か若村が美しさを保ちながら、主演者として観る者を楽しませてくれるときがくるのか。それには美しさに頼り過ぎず、勉強が必要なように思える。

酒巻 修平

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