野良猫「たま」

 去年の7,8月ころだと思うが、近所の階段で隣人が下を眺めて何か呟いている。見るとその人の足元を子猫が纏わりついている。「可愛いけれどこれでは歩けない。踏んづけると怪我をするだろうし、困ったな」そんな言葉が聞こえる

 

 私が近寄ると今度は私の下に来て行く末を遮るようににゃあにゃあとないて、とうせんぼうをするように甘える。その子猫を避けるように何とか階段を降りて行ったが、付いてくる。

 その日はそれだけのことだったが、何日か経って今度は庭に入り込んで、窓の外からにゃあにゃあと煩い。何故私の家が分かったのか、後を付けられたとも思えない。餌をねだっているようでもない。煮干しをやってもあまり食べない。

 どうも近所の家が餌をやっているようだ。その人のガレージには餌が入った洗面器のようなものがおいてあった、野良猫が何匹も群がっている。そんな状態を確かめたのだが、最初の猫は毎日私の家の窓からこちらを覗き、中に入れてもらいたそうににゃあにゃあと煩い。

 そのうちやった煮干しを食べるようになり、可愛いものだがからそれが習慣になった。毎日朝方やってきては煮干しをねだる。つい妻が戸を開けると素早く室内に入り込んだ。しばらく室内を眺めてその辺りをうろうろして今度は外を眺める。そうすると外に出たいのかと戸を開けるとゆっくりと歩いて外に出てしまう。

 やれやれと思うもののいなくなるとまた姿を見たくなる。それを知ったのか明くる日またやってきて、室内に入る。煮干しも室内でやるようになると猫が来ない日は何か物足りない気がする。

 妻は猫が嫌いであった。ところがどういう訳かこの猫だけには世話をする。その猫が来るようになると他の猫も来るようになった。最初の猫は顔が小さく雌だと思うのだが、集まってくる猫は大きいのや小さいの。ぶちや縞のあるやつ。一番多いときは8匹を数えた。

 4月ころになると最初の猫のお腹が膨れてきた。そう見ているとすぐに子供を産んだ。6匹もいる。庭に置いたあった篭の中に小さな子供がいるから分かったのだが、そのうち子供をどこかに咥えて連れて行ってしまった。そう思うとまた連れて帰って来てはその篭の中に子猫を置く。

 しかしだんだん子猫の数が減ってきて、最後の一匹を残すだけになった。その子もどこかに連れて行って、それから姿が見えなくなった。多分子供は全て死んでしまったのだろう。

 そんなことがありその最初の猫はどうも大きな雄猫にまた襲われるようになった。家族で相談してこの猫の不妊手術をしてやろうということになり、調べてみると助成金が区から出るようだった。それも大きな金額で、動物医に支払う金額の大半を賄えることが分かった。

 動物病院を選び、手術の日を決めたのだが、そのうちまたその猫のお腹が大きくなっていくように思えるので、そのことを病院に話すとまた子供ができたのかも知れない。手術日を早めましょうと言われたので猫を病院に預けた。

 手術の日の夕方病院から連絡があり、手術は無事終了したが、やはり子供がお腹に5匹いたということであった。しかしとても元気だと言う。面会に行くとこちらを覚えていたと見えて静かだったその猫は急ににゃあにゃあとなき出した。

 抜糸が終わって借りた篭に入れて家に持って帰ると室内を走り回り、落ち着かない様子。でも2,3日で元の状態に戻り、今度は夜も室内で暮らすようになった。

 時々外に出たがるので、放してやるとおもむろと足を踏み出しいつも庭に出て行く。しかし5分もしないうちに、また帰ってくるので、室内に入れる。飼ってやろうかと相談しているが、猫が天寿を全うするより先にこちらの天寿が尽きてしますかも知れないとまだ飼うことには踏み切れない。

 でも名前は「たま」と付けてやった。今はまだ野良猫だし、野良猫に相応しい名前だと思っているが、本人は読んでも反応がない。自分のことを「たま」だと認識していない。

 「たま」は私が起きて2階から降りてくるとにゃあにゃあと何かをねだる。外に行きたいのだろうと窓を開けてやると出て行く。もう手放せなくなったが、まだ飼う決断が付かない。

酒巻 修平

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