近所のパキスタン人

 駅裏に絨毯を売るパキスタン人の店がある。1,2枚安い絨毯を買ってからオーナーと仲よくなった。向こうは私がフレンドリーだから友達のようになったと言うが、私には異文化のことを知る機会だからと最初は毎日ほどその店に行った。

 日本に来てから30年になるので日本語はとても上手いが、読み書きはきない。母国では中学校を中退したので、大した教育は受けていない。でもとても頭の良い人で私の性格や長所短所をすぐに言い当てるようになった。

 歯に衣を着せない話し方をするので、こちらも面倒がない。アメリカ人も話し易いがそれとも違う。どちらかと言うとずけずけものを言うのだが、嫌味がない。

 日本人の奥さんがいたのだが、何年か前に離婚をした。その理由まで聞かないが男の子が一人いて、親権を裁判で争って得た。それがよっぽど嬉しいのか何度も聞かされる。

 日本人は年を取ると政府が面倒を見てくれる制度になっているが、我々は子供が親の面倒を見る。それが自然で日本の制度は破綻すると言うのだが、果たしてどうか。経済がもって進んでもパキスタンではそんな習慣がずっと存続するのか。あるいは日本の制度のようになるのか、そこのところはどちらの方法が適しているのか私には分からない。私も暦年齢では老人の部類に入るので、他人事ではない。

 この人はパキスタン人だからイスラム教徒である。富める人は貧しい人に施しをしなければならないから親の面倒を見ると同時に良く頼まれてお金を貸す。でも帰って来ないことも多く、その都度損をする。

 しかし絨毯屋を営んでいるからお金には困らない。いわゆる富める人の部類に何とか入っているので、お金が帰ってこなくても仕方がないと思っている節がある。そう言えば自分の持っているお金を全部銀行に預金するなんてことはしない。

 店にある物入を開けて今月の売上はこれだけだったとか私に見せる。それで聞いてやる。「私がどろぼうだったらどうするのだ」と。答えはそれでも良いと言う。あるいは私が他人の金を盗むほど逼迫した経済状態にないのを知って、そんなことを言っているのかも知れないが、この店には何か所か現金を置いてあると更に付け加えて話す。

 話を総合するとバブルのころにとても儲けて、それを現金で持たずに絨毯の在庫で貯蓄していると分析できる。ここだけではなく他に2か所倉庫があってそちらにも在庫を置いてあると得意げだ。店の在庫は1億円ほどありそうなので、ここには1億円も財産があるが、保険を掛けているのかと聞くと、それには答えず、1億円ではない。3億円だと自分の財産を誇示する。

 日本語の読み書きができないので、時々呼び出されて文字を書いたり読んだりして欲しいと頼まれる。頭の良い人だから勉強をすればもうとっくに読み書きができるようになっていただろうと不勉強を詰ると「そんな気はない」と自分の不勉強をむしろ自慢するようだ。

 だから今もって国籍はパキスタンにあり、日本では永住者ということになる。だから日本人より不利な扱いを受けることもある。日本のパスパートを取得したいが条件に少しだけ欠けるところがあり、まだ取得には成功していない。

 この人はイスラム教徒だから豚肉は食べない。なるほどと思って聞いているとあるとき友達と痛飲して楽しかったという。イスラム教徒は飲酒禁止じゃないのかと非難してやると「まあ、良いじゃないか」ともうイスラム教徒を半分放棄している。ちょっと変わった日本人に成り下がってしまった。

 今度の土、日に展示即売会があるので、来るかと聞かれたので、行くと答えておいた。でも約束が重なって結局行けなくなってしまったので、それを言うと「え、困ったな。だれか探さなければならないな」と私が一緒に行って何かの手伝いをしてもらおうと考えていたらしい。

 そうであれば「来てくれないか」と尋ねるべきだろう。「来るか」と「来てくれ」では意味が違うと説明するとなるほどと頷くのだが、やはり考え方の根本がどこか違うらしい。でもしばしば電話が来る。寂しいらしい。

酒巻 修平

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