大相撲春場所疑惑の一番

 ちょっと古い話で恐縮だが、どうしても許せない大相撲の審判疑惑が記憶から離れない。それは今年春場所中に起こった。

 横綱鶴竜は休場明け。何としてでも面目を施したい。それを審判部が斟酌したのか、今で言う忖度したのか、本来は負けていると思われる一番で審判の不正があったように思えて仕方がない。

 大相撲全体が盛り上がることで収入を得ている人たち、親方、審判、解説者、評論家、茶屋などはこの裁定に対して不満のようだが、自分の収入に関わること。全員が口を噤んだ。

 メディアも本来はその不正(?)に対してクレームしなければならないのだが、この世界は特殊である。言いたくても何か躊躇するものがあるらしい。それは記事を書く担当者が自分の所属するメディアの意向を慮ってのことか、自主的な背景があるのか、疑問を呈しながらもはっきりと誤審(故意の)とは言わない。

 メディアは日ごろ事実を面白おかしく報道するために芝居仕立てのような表現も多い中、この大相撲には特に配慮を怠っていないようだ。

 鶴竜はその前の場所、貴景勝を寄り切りあるいは押し出しで勝利したのであるが、この場所も同じような展開になった。しかしこの場所では貴景勝の前にも増した抵抗に会い、左足を土俵の外に踏み出してしまった。

 ビデオでは鶴竜の左足の親指が明らかに土俵の外の砂を掃いたのが見て取れた。軍配は鶴竜に上がったのだが、物言いが付いた。しかし審判団の協議は鶴竜の足が出たかどうかの確認をしたと言いながら、審判長の山科親方の発表は「鶴竜の足が出たかどうかの確認だったが、軍配通り鶴竜の勝と致します」とのこと。

 ここで疑問は鶴竜の足が出たかどうかの確認を協議したのに、発表はそのことに触れず、鶴竜の勝としたことだ。この発表は意味不明である。肝心の確認事項についての説明が全くない。

 解説者の元横綱の北の富士さんもはっきりと「鶴竜の足が土俵の外の砂を掃いた。ビデオを見ずに流れだけを見ていると鶴竜絶対有利なのだが」と解説している。

その後報道では「土俵の中の砂が外に飛び出ることもある」などと書いているものもある。しかし元琴風の尾車親方の説明はもっと巧妙でもっとずる賢い。

五月場所の解説に呼ばれたときこのことに関する解説が呆れる。

 曰く「土俵の外の砂が盛り上がっていることもある」とのこと。これでは呼び出しの仕事を貶すものでもある。それに盛り上がろうが何しようが、土俵の外の砂を足で掃くと負けに決まっている。

 誰もが鶴竜の足が砂を掃いたのを認めていて、それを前提にこじつけているのだ。ビデオは明らかに土俵のの砂を掃いているのを映し出した。ビデオには何の思惑もない。ただ無常に事実を照らし出していた。

 考えれば貴景勝は貴乃花の部屋の力士。貴乃花は正義感で煙たがられる存在だ。狭い視野で物を見ると大相撲関係者に嫌がられている。その意趣返しとも取れなくはない。もしここで鶴竜が負けると優勝に行方は分からなくなる。

 尾車は大相撲協会の知恵袋と言われ頭脳が良いらしい。しかし折角の頭脳をもっと良いことに使ってはどうだろうか。そんな見え透いたこじつけの説明をするのを聞くと唾棄したい気持ちになる。

 物言いが付いたら協議の声を放送してもらいたい。ただ忖度では声からは判断できないことも多いがその場の雰囲気が伝わるだろう。

 スポーツは金になる。今はテレビも良い番組を制作できる状態や能力に欠けている。いきおい、勝負の行方を決する審判には何かの恩恵があるのだ。オリンピックのフィギュアスケートではキムヨナが点数を金で買ったとの噂があり、確かに浅田真央との点差が付き過ぎている。こんなことで良いのだろうか。

 心ある人で元スポーツ選手が苦言を呈するのもしばしば聞かれる。優秀なスポーツマンが優秀は指導者になる確率は低く、それが純粋なスポ―ツを汚す。東京オリンピックは金で買ったと石原元都知事も仄めかしていた。

 もっと公平な立場で審判団を結成する方法を講じるべきだろ。元優秀なスポーツ選手は相談役程度にしておいてもらいたい。彼らの行動は目に余るものがある。

酒巻 修平

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