話す言葉が人生を左右する

 言葉は自分の考えや意思を伝える最重要な手段である。以心伝心という他人への通信手段はあるが、それも初対面の人には通じないことが多い。人は主にこの発せられた言葉から相手のことを判断するのだ。表情も大切な通信手段ではあるがやはり従的である。

 内容が如何に辛辣であってもそれを伝える言葉が柔らかいと案外と受け入れられることが多い。「あんた馬鹿だな」と言われるのと「あら、面白い」と言われるのでは発言者が相手に対して同じ感想を持っていても相手の受け取り方は全く違うものになる。

 営業で訪問した会社では敬語を使い、相手の担当者が如何に理不尽な要求をしようが、拒否するときに「そんな理不尽な要求を受け入れられると思いますか」とやってしまったのでは、将来に亘ってその会社とは商売ができなくなる。ここは「検討致しますが、難しいかも知れませんね」程度が一番きつい言葉であろう。

 心の中ではどんな酷いことを考えていても、言葉さえ柔らかければ案外好印象を与える。それを悪用するのが、詐欺や結婚詐欺であるし、男性が女性に接近するときには言葉がキーポイントになるのは誰でも分かることだ。逆も真なりであろう。

 昔のイギリスの外相のヒュームという人物は貴族の生まれで、かなり辛辣であったり、図々しい要求を柔らかく相手が受け入れやすい形で表現するのを得意とした。生憎首相になる資質がなかったので外相止まりであったが。

 しかし長い時間接触していたり、生活を共にしていると当然心根は読めてくるものだ。口ではあんなことを言いながら考えていることは違うと察せられてしまう。そんな相手には嘘は言わず真実を吐露した方が良好な関係を保てると思う。それでもどんな表現をするかは重要であるには変わりはない。

 医師で時々ため口以上の上目線の言葉を使う人がいるが、自分の医院を繁盛させたければできるだけソフトな言葉を使うのが得策であろう。初めて行った医院や病院の印象を聞くと女性は大体医療技術より優しかったかどうかに主眼を置いて医師を観察、報告するようだ。

 政治家、俳優、評論家などはこの点、特に気を付けている。俳優はファンなどを上目線で見ているのは間違いがないが、そんな素振りは見せず使う言葉は優雅で優しい。これが彼らの職業だ。俳優は俳優として振舞っている限りは俳優であるが、私生活も同じようにしていれば身が持たない。私生活では本来の性格が現れるので使う言葉も俳優としてとは違うことが多いだろう。離婚が多いのはそんなことに相手が不満を抱くからに相違ない。

 こんな現象は悪い面だけを見るべきではない。優しい言葉は伝染して使われた相手も優しい言葉を使うようになる。そうなることで世の中全体が優しい気分に浸るだろう。

 逆にどんな誠実なことを考えていても言葉に現れてこないとその人の誠実さが生きて来ない。相手は誤解をするだろうし、関係がぎくしゃくする。生まれつきそんな優しい言葉を使える人は一生を通じて幸せになれる。

 子供のころの家庭でそんな言葉が使われていれば、大人になっても言葉付きは変えられない。他人はその人を良い家庭の出身だと思うだろうし、実際そうだろうと推測される。言葉付きはその人の一生の幸不幸を決める最大の要素だ。

 最近あるアジア人と友達になった。日本に来てもう30年以上も経つので日本語は堪能だ。しかし優しい言葉がどんなものかまでは分からないらしく、時々ぎょっとする言葉を発する。

 日本語は学校でならったのではなく、仕事をしていく上で覚えたので日本人が日常に使っている言葉を真似る。聞いている人は外人だと割り引いて聞いているので、言葉より真の心根を知ろうと努力するのだが、ときどきその言葉に戸惑うこともある。

 その人は好かれてはいない。ただ外人だから言葉だけからは人柄を判断されないだけで、長時間一緒にいると言葉に疲れる。人はそういうことで遠ざかることが多い。

 今発言しようとしている言葉を考え直してみよう。あなたの幸福度は上がるかも知れない。

酒巻 修平

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