オーム関係囚人の死刑執行

 オーム関係で残っていた6人の死刑が執行された。これで13人全員の執行が終わったことになる。上川法相は死刑慎重論者であると言われていたが、職務を果たした。

 松本智津夫を信じたことを深く反省し、犯した罪の重大さに自分自身が戦慄したという死刑囚もいて、果たしてこの犯人が執行されていいものかと私自身も疑問に思ったことがある。

 私は死刑に反対の立場ではないし、かと言って死刑を容認している訳ではない。

この件は考えることはあまりない。その私が今回の執行を命令した上川法相を立派だと思う。

 平成が終わり、来年には新しい天皇が誕生する。執行は今が適切なタイミングだとする状況にあったとは言え、死刑慎重論者が執行を命令する心裡は推し量って余りある。

 小泉内閣時代日本死刑反対論者の法務大臣が死刑執行命令を出すことを拒否した。日本が法治国家である以上やらなければならないことを拒否したり、やってはならないことをしてはいけない決まり事がある。

 この法務大臣は職務を拒否し罪を犯したとも解釈できる。法務大臣の職務の中に死刑執行命令があるのであれば大臣に就任しなけれれば良い。そんな選択肢があるのに、大臣就任を受諾したということはこの男は単に猟官をしたに過ぎない醜い性格の持ち主だと断定したい気持ちになる。

 立派だと言ったが上川法相が本当に立派かどうか私には分からない。気持ちでは死刑執行命令を出したくないが、大臣としての職の魅力が勝ったと考えることができる可能性があるからだ。そうは考えたくないが大臣という職はそれほど魅力的だとも言える。

 翻って我々の身近に起こることを考えてみればそんな法律のことは良く分かる。交通事故を起こせば被害者を救助しなければならない。しなければその不作為は罰せられる。片や何とも馬鹿らしい交通規則に違反すれば反則金を払わされる。どんな法律が不備あるいは理不尽でも法律を守らない権利は国民にはない。

 守るべき法律があるから法治国家である。今回のことに関しては上川法相は法律を守ったのであるし、小泉内閣の法務大臣は法律を破った。小泉氏はどうしてそんな法相を罷免しなかったのか、彼も非難されるべきである。

 政治家は非難されるのを余り重く受け止めない。そうでなければ政治家をやっていけないのだろう。不当な非難に対してはそうであっても法律違反に関する非難はもう少し真剣に取り組まなければならない。

 私は松本智津夫の若いころをしょっちゅう見ていた。そのころから法律違反すれすれの薬局経営をしていた。薬局も胡散臭く、本人も見るからに犯罪者の匂いがしていた。

 そんな男に優秀な頭脳の持ち主たちがどうして帰依していったのか疑問である。心に病を抱え「溺れる者藁をも掴む」心境であったのか。松本は犯罪が露見して逮捕されたときに犯行は全て弟子がやったと逃げを打ったという。

 こんなちんけで低能な男に帰依するには弟子たちの精神の弱さがあったのだろう。下らない受験勉強ではいつも賞賛されていたがいざ社会に出てみると自分が大して重宝されない。そんなギャップに悩んだのは想像に難くない。

 勿論社会ももっと優しくそんな人たちに接すれば良いのだが、周りの人たちにも余裕がないのだ。規制緩和という名の元に全ての会社がゆったりとして精神を失い、いつも緊迫した空気に包まれている。

 金だけが大切ではないことが分かっていても金がなければ何もできない。稼がなければならないが、優秀な大学を出たからと言って稼げるほど金儲けは簡単ではない。規制緩和でその傾向がますます強くなる。

 これから今回の死刑囚のような精神の持ち主が増えるだろう。現にアレフという名前でいまだにあの薄汚い松本を信じたい人がいるではないか。考えなければならないが政治家は当てにならない。国家をどうするかは国民一人一人の責務であろう。

酒巻 修平

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