忘れ得ぬ人々 - 京大卒業者

  この人とどのようにして邂逅したのか今は記憶から飛んでいる。京都大学の応用化学科を卒業しているということだった。背はすらりと高く、頬はピンクで彼の友達の言によると「マダムキラー」だそうだ。

 これもどういう経緯でそうなったか覚えていないが、私が彼の会社(ワンマンカンパニー)の経営相談をすることになった。当時は私が会社を経営し出してから20年ほど経ったころだった。

 最初に相談されたのはある会社とのトラブルだった。聞くと相手にお金を支払ってある資料を交付してもらう契約だったが、相手がその債務を履行してくれないとのこと。更に聞くと支払ったのは手形だったようだ。相手もいい加減な資料を交付したが、私の聞くところどちらにも非がある。

 そこで会社の顧問弁護士を紹介した。この方は東京大学法学部を極めて優秀な成績で卒業されたと聞いていたが、卒業後さる大手銀行に勤めたのだが、転勤命令に従えず、止むを得ず法律を勉強し直し、一年で司法試験に合格した人だ。今でも交流があるが、本論に入る前に雑談を長くする。そんな仲である。

 会社勤めの経験もあり、商業にも明るいということでご紹介をしたのだが、弁護士さんも彼のトラブルについては私と同意見。結局裁判外で話し合い、双方言い分の半額くらいずつを支払うことで和解した。

 私のクライアントになったこの京大出身者の会社は極めて零細で、顧問料を払う資力はなかったので、合計2年ほど無休でお手伝いをした。営業も私が彼に代わってやったり、遠方への出張も自分の費用は自分で出した。

 資金はほぼ0。実質私が取った客からの集金が唯一の収入で、私は300万円ほど無利子で貸付したこともあった。お会いするのは2週間に一度ほどだったので、会社の状態も把握できないが、仕事の発展が期待できたので、我が社の社員を無給で派遣することにした。

 これが反発、誤解のもとだった。彼は私が自分の商売を盗もうとしていると考え、私との顧問契約を解約したいと申し出てきた。相手にそう言われれば受けざるを得ないが、このとき買い付けてあった300万円が未収のまま残った。ただ物の理は分かる人なので、貸付金はいずれ返してもらえると思っていたが、その通り間もなく返済してもらった。

 弁護士と同時に紹介して税理士さん(私はこの人が税理士としては極めて優秀だと思っている)の話しによると彼は他社との諍いが絶えないらしい。それを聞いて私は「さもありなん」と思った。自分の主張は絶対正しいと信じて止まないタイプ。

 彼とは没交渉になったが、ある日彼からお中元が届いた。理由は判然としないが、多分私のことを誤解したのを気づいたと推量してお中元を頂いておいた。お歳暮の品も届き、それが4,5年続いた。

 夏は必ずワイン。どのようにして誰かこのワインを醸造したのか麗々しく説明してあったが、当時私はワインを飲まなかったので、誰かに上げていた。でもその後ワインを飲むようになって、彼が贈ってくれたワインを飲んだ。相変わらず丁寧な説明書が添付してあり、とても期待が持てた。

 しかし飲んでみてあれっと感じた。期待していたのとは全く違う飲みごたえ。結局料理酒に使った。ある時このワインの価格を調べてみた。結果は1000円程度の物。貰い物に不平を言うのははしたないが、違和感は拭えなかった。

 そんなときご紹介した税理士さんがあの会社から契約を突然解除されたとのこと。私は紹介した手前謝ったが、この方はとても温厚な方で、いや色々ご事情があるのでしょうとのこと。因みに顧問料は3ヶ月で1万円。本当はほっとされたのではないかとも考えられる。

 それからまた日が経って、ある日路上で彼と会った。雑談の後、もうお中元、お歳暮はお止め頂けませんかとお願いした。もともと虚礼はできるだけやらないことにしているので、この機会にその旨を話したのだ。

 その後彼はどこかの会社と合併してまた音信も途絶えたが、どうも他人と諍いが絶えない人なので、その会社の経営者と諍いを行なっていないか危ぶまれる。この人からも学ぶところがあったが、一番は諍いが何ももたらさないということだ。

酒巻 修平

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