プータロー渡米する

佐伯幸次(仮名)はいわゆるプータローで、大学の入学試験には合格したものの、学校には行かず、アルバイトをするでもない困った男であった。両親の家に同居し、食事は作ってもらい、洗濯も母親がやっていた。時々小遣いをねだって外出することもあるがたがいは家でごろごろしている。

唯一の趣味は何故か料理を作ることであった。母親に代わって料理をすると両親が驚嘆するほど味の良いものを作る。こんなことだから両親もこの子が家で無為に過ごすことにきつく叱るということもない。

こんな居心地の良い家に引きこもっているものだから、大学は除籍になってしまった。数少ない友達が学校を卒業するころになってもそのことに関して何も感じることはない。

この幸次がある日からアルバイトを始めた。どこで働いているのか両親にも言わず毎日朝出かけ、夕方には帰ってくる。もう両親から小遣いをせびることもしなくなった。

アルバイトを初めて1年ほど経ったある日、幸次は両親に突然アメリカに行くと言い出した。今まで無為に過ごしていた幸次がそんなことを言うものだから、両親はびっくりして止めたが幸次の決心は固く、許可を与える間もなく幸次は小さな荷物を拵えアメリカに発った。

どのように探したのか分からないが、幸次はあるレストランで働き始めた。勿論薄給である。皿洗いや客が食べ終わった食器を片付け、雑用をする毎日。案外根気が良いのか、料理に接するのが性に合っているのか、一所懸命働いたので、レストランのオーナーは重宝がり、幸次がアルバイトする理由を尋ねたりした。

料理をするのが趣味だという答えを聞くとでは験しに料理を作ってみろということになった。勿論幸次に否やはない。早速料理を作ってオーナーに差し出すとこれがまた旨い。

その日から幸次は皿洗いなどの雑用から解放され、料理人となった。そして2、3年が過ぎたころ近くの会社の社員食堂で働くようにオーナーに言われ、そこでコックとして働くことになった。幸次の作る料理はたちまち評判を呼び、気さくな社員たちは誰からなく幸次に話しかける。

会社の社員は最初50人ほどであったが、みるみる数が増え80人、100人と大所帯になった。社員食堂の担当者とも気が合い幸次にはやりがいのある仕事があり、幸せな生活が巡ってきたのだ。

ところがこの会社の膨張が止まらない。社員数が500人ほどになったとき、担当者が意外なことを言って来た。会社が移転するということだ。幸次はがっかりとしたことは言うまでもない。

この会社の社員食堂も当然なくなる。会社の新しい移転先に食堂があるかどうかも分からないし、あったとしてもそちらに来て欲しいとの要請もない。前のレストランでは新しいコックが雇われていたし、幸次は職を失った。レストランのオーナーも気の毒に思ってくれたが、余分なコックを雇う意味もない。

幸次がコックとして働いていた会社が移転をするという1ヶ月ほど前、食堂担当者に呼び出された。とうとう馘かと覚悟を決めて話しに行くと以外な展開が待っていた。

「お前は一所懸命働いてくれたし、料理はとても美味しかった。だから会社はお前に何か残してやろうと社長が言うので、お前のためにレストランにあった食器や調理器具などは全て上げる。それにレストラン建設用の土地も確保してある。もし嫌でなければそこをお前にやるからお前がオーナーになってやったらどうか」と提案された。

レストランの建設を請け負う会社にはすでに建設を終了してあるとも言う。見てみるとアルバイトとして働いたレストランより立派な造り。建設費用も払い込み済み、当座の運転資金も用意してくれていた。こんな夢のような話があるのだろうかと思ったが、どうも嘘ではないらしいし、嘘を付く必要もない。

会社が移転するまでの1ヶ月、打合せをして従業員を雇って日本食のレストランを開業したのは会社の移転の一週間ほど前。社員が大勢やって来て幸次の作る日本料理に舌鼓を打った。

幸次の作る日本料理は評判を呼び今では相当前から予約をしないと席は確保できないほどになった。このことは勿論両親に知らせたし、両親も幸次のレストランを見に来た。両親は立派になった幸次を見て驚いたし、喜んだ。

ところで幸次がコックとして社員食堂で働いていた会社は「Google」という名前だそうだ。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です