買い物の楽しみ

  女性は買ったものを使うより買い物そのものを楽しむようだ。男は使うために買うのだから使う楽しみの方が多い。しかし人それぞれだから他人が口を挟む余地はない。

 今はネットで買う女性も多いので、案外女性でも使う楽しみを考えている人が多いが、お店で買わなくても買うことに対する楽しみに変わりはない。

 イタリア語ではお店のことを「negozio」と言う。初めてその単語を知ったのはイタリア人から聞いたからだったが、英語では同種類の言葉を「negotiation」というのだと直感した。

 Negotiationは駆け引きのような意味である。さぞかしイタリアでは昔品物の値段の駆け引きが激しかったのではないかと想像した。

 今はどこでも定価販売をやっているからお店では値段に関する駆け引きはない。それでも小さなお店では常連に値引きをしてくれるところがある。

 江戸時代今の三越が他のお店と違って定価販売を始めて大繁盛したと書いてあった。昔から賢い人はいるもので、お金を沢山持っていない人は物を買うのにびくびくしたのではないか。それを一掃した。

 でも他の店ではやっていないから三越が大繁盛したのであれば、他のお店では客の様子から値段を決めたのだろうと思われる。気の強い人は値切ってそこで交渉になる。イタリアでも同様でそんな駆け引きが絶えず行われていたのだろう。

 実は今も値段は不変ではない。定価のあるものでも卸売値段があり、客に対して業者は適宜値段を付ける。高級住宅地に住む友人がうちは貧乏なのに、全て物の値段が高いとこぼしていた。

 買い物をするときには必ず店員さんと話をする。だから客あしらいの上手い店員さんは物を良く売る。

 買う側からするとただ商品説明をされるだけでは心残りである。好みを褒められ、飼っているペットのことなど雑談をしてそれから商品を買いたい。

客は品物にではなく店員に付くものなのだ。同じような商品がどこでも買えるからどうせ買うなら気持ちの良い買い物をしたい。つい同じ店の同じ店員さんからものを買う。

 今日は生憎の天気ですね。とか、お客様は色ではブルーがお好みのようですね。ワンちゃんはどうしていますかとか前に雑談に出てきた話題をして商品は勧めない。だから売るのは5分も掛からない。

その店員さんが休みの時は出直すという女性の話も聞いたことがある。逆に店に取っては我儘な客は一種のかもだ。好き放題な要求はできる限り呑んでやればその内我儘を言わなくなり、同一の店員からしか買わなくなるものだ。

 そしてこのような我儘な客はお店に何度も来る。その度に買うから最初だけ時間を取って応対すればそれで済む。実に鴨だ。

 忙しい店では雑談をする時間もないが、客にちょっと話をしたい雰囲気が見えれば少しの時間を割いて買い物以外の話をする。

 これがデパ地下だ。渋谷に新しくデパ地下が出来たときここは流行らないなと直感した。雑談をする雰囲気がまるでなく、スマートさを売り物にしているからだ。

 私も店で雑談をするのが大好きだ。ある男性用品を売る店で好みのセーターを見つけたとき値段を聞いた。12万8000円だと言うからとても手が出る値段ではなかった。

 仕方なく「ちょっと前に立ってくれない?」と言って店長がそうすると私は「もう一度正直な値段を言ってくれる?」と冗談で言った。店長は笑いながらも「仕方がないですね。4万8000円です」と答える始末。私も予算オーバーだったが買った。それにしても「定価」と「正直値段」は違い過ぎる。

 それから何となくその店長と親しくなり、その店長がいないと私はその店で買い物をしなくなった。

酒巻 修平

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