平成の30年

 もうすぐ平成という元号は新しいものに変わる。平成天皇が退位し現在の皇太子が新しい天皇に即位するからである。

 天皇制についてはほとんどの人が賛成であろうが、私は実は反対である。評論家の中にはそれは日本の文化であると指摘する人もいてそれは事実だが、私には人の上に位置する人があって良いとは思わない。

 現に職務柄とは言え天皇が国民に向かって話す言葉は上からのもので、これを私は受け難い。天皇家の人々は誠実で飾らない威があって私は好きだが制度と人柄は違う問題だと心得ている。

 天皇家の始まりはどこであるか今では分からなくなっているが頭脳と腕力を兼ね備えた一人の人に遡るであろう。一人の権力者が綿々と家系を続かせあるいは続けさせられ今日に至った過程には相当な努力があったと考えられる。

その間何度か血筋は断絶しているがこの地位あるいは名称は代々引き継がれていった。一般の国民が欲したからかそれとも政権の思惑があってそうしたのかここでは分析、考察しないが兎に角2000年程度継続されたのは一種の文化と称して差支えがないだろう。

 天皇制に賛成する人は政治家の人柄を受け入れないと考える人が国民の多くを占めるからだが、これには納得がいく。もちろん例外はあるが例外はあくまで例外で大半の政治家の人柄は受け入れがたい。

しかしながら観点を変えて分析するとどの職業の人でも10人のうち9人は能力的にも人柄的にも受け入れがたい人である。

政治家初め、官僚、弁護士、裁判官、会計士、医師、社長、サラリーマンなど良い人は10人に1人しかいない。それはそうだ。全員が優秀なら社会は崩壊すると思われるし、戦争がもっと多発するだろう。

 しかしもっと深く考察すると社会的地位が高いとされる人ほど性格が悪い確率が高くなる。それは人が背負った運命とも言える。

 天皇家の人々は高い人格を持つように生まれると同時に教育され始める。従って天皇制に全面的に反対かともう一度問われてもすんなりと反対とは断言できない。

同族を殺すのは人という種類だけで他の動物は同類を殺さない。但し助けることも少ないが。しかしそんな殺戮を止めるのが人の文化であり、だから文化は栄えてきた。

 平成の時代の特徴は何と言ってもコンピューターの普及に代表されるであろう。これによって人の生活は大きく変わったし、これからはもっと社会に浸透していくと思われる。

 そうなるとコンピューターの社会に対する功罪はもっと大きくなり、その対策なくしては社会が混乱するだろう。そのことを安倍首相に提言したがまだ受入れ、実行されているようには見えない。

 一つの物事をやると反動というものが付き物である。薬を飲むと必ず副作用があり、社会保障が発達すると国家の資産が減少する。当たり前でコンピューターは社会生活を便利にしたが事務職や営業職の仕事を奪った。

医療の発達も見逃せない。最近医療関係者に聞くと癌はもうあと5年で完全に治る病気になると言う。その予想が当たっているかどうかは別として確かに癌の治癒率は大きく増加した。

 後は脳由来の病気に対して研究者はもっと違う角度から考察、実験をして治癒に向けて努力すべきだと思う。私は不整脈という症状を持っているがこれも脳由来のものである。

 アルツハイマー、ハンティントン病、膠原病など様々な病気が脳由来であるとされるが、私見ではほぼ全ての病気が脳と何等かの関わりがあると考えている。

 男女同権も平成に喧伝された。当たり前のことなのにどうして平成になるまで話題にならなかったのか不思議なことだ。

 ある仕事で男女同じ能力と将来性があれば収入は同じである筈だがそれが行われていなかったのか。あるいは特定の職業に女性が付けなかったのか。今見ると奇異な感が否めないが昭和の時代はそうであったのかも知れない。

しかしここにも反動というか裏側がある。即ち権利は裏側に義務を伴って現れる。男子が夜10時まで毎日働かなければならなければ女子も同様である。

 昭和の時代はそれを嫌い、女子は早く職場より返した。デートをすると必ず男性が全部の費用を負担した。だから男女は同権でないと考えられていた節がある。

 しかしそれは男女同権を蔑ろにしたわけではない。男子が女子を労わり慈しんだからだ。家庭では内政は妻、外政は夫と役割が決まっていて結婚すると寿退社といって女性は職場を離れた。

 この男女同権という政府主導の制度は政局運営の道具になり、女性の大臣、管理職が一定割合いなければならないとされるようになった。しかし一般の人々はこの恩恵を受けているのだろうか。あるいはこれで幸福度が向上しただろうか。

 電車に乗るとこれが分かる。女性に幸福そうな顔が少なくなり、男性は頼りなさそうだ。無理やり推し進めた男女同権という制度が人々を不幸にさせていると私は考える。

 有能な女性は収入が多くなったかも知れないがそうでない女性は却って収入が減った。有能とはどういうことか。今ある状態に対応する能力だけでは有能とは言えない。将来の展望や全体の調整、その他を考えることが有能とされているなら優秀と思われている人でもただ作業優秀者でしかないこともある。

 昔母は子供がある程度の年齢になるまで手元に置き、無償の愛を注いだ。しかしもうそれは例外に近くなってきている。犯罪の多発はここにも原因がある。母の愛を知らない子供は犯罪に走る割合が増える。

 平成の時代には昭和と比較し犯罪率が高くなった。これと上記の状態はイコールではないが、考えなければならない問題である。

 平成も末期になると規制緩和が進み海外との競争も激しくなった。この反動が富の偏在だ。これが進むと大企業という企業が富を独占するだろう。一般の人々は将来に不安を持ち国内需要は減少したし経費の節減に邁進する企業が多くなり失職する人もまた多くなった。これも電車に乗るとよく分かる。駅員の数の少ないこと。もし事故が起こればどう対処するのであろうか。もう少し電鉄会社はこの点に経費を使うべきだ。

 零細な企業が減少し消滅寸前になったのもこの時代だ。米屋、魚屋、文房具店、個人経営の居酒屋、肉屋、屋台、靴磨き、寿司屋、料亭、金物屋、本屋、仕立屋、枚挙に暇がないほど零細企業が大企業に職を奪われた。

 日本伝統の文化も衰退の一歩を辿っている。生け花、茶道、造園、伝統楽器、日本家屋、書道、数々の日本芸術は今日の目を見ない。残念なことである。

 望雲聴水という言葉がある。大きいことを望み小さいことにも目を向けるという意味だ。平成時代望雲は達成されつつあるがその陰で聴水はされなくなった。

 だから社会はいびつになる傾向にある。より発展する分野と衰退する分野に別れた。一方で画一化が進み客は店のサービス制度を受け入れなければならない時代になった。

拝金主義が蔓延ってきた。先ず金を得ることができるかどうかがあり、その金高に基づいて行動する。仕事は金儲けの手段で、自分の尊厳は良い仕事をする基準になり難くなった。

とても便利になった。だから人は考えなくなった。考える専門家とその人たちの作ったシステムに従って行動する大半の人がいる。考えるという習慣がなくなった。人の偉大な事績は考えることによってもたらされたのを忘れてはいけない。

 高みから見ると人の幸福度は下がった。政治がそれを是正できるのであればそうして欲しいが期待薄である。先ず義務を果たそう。そうすると権利が自動的に付いてくる。順序を間違えてはいけない。

酒巻 修平

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