昭和、平成、そして未来へ

昭和時代は戦争に対する限度を超えた出費によって社会情勢、就中経済状況は落ち込んだが、全体を俯瞰すると日本が発展した時代だった。平成は日本が比較的貧乏な時代で、この時期に生を受けて物心が付いた若者の精神状態に悪い影響を与えた。

 しかし第二次安倍内閣が発足してからはそんな貧乏神は退治され、日本は戦前の勢いを取り戻しつつある。これが安倍首相の目指すところで、彼の意思の大きな部分は達成できたと思われる。

 平成時代は主として無能な政治家の国家運営で、国力はかなり低下し、スポーツの面でも振るわず、中国や韓国の後塵を排する始末であった。中国は13億人を超す人口を擁する国であるから、スポーツにおいても優秀な成績を収めるのは当然ではあるが、日本より人口の少ない韓国の方がスポーツでも相対的に良い成績を上げるのは国力の影響をもろに受けた証拠である。

 そう言えばアメリカやロシア(旧ソ連)のオリンピックにおける金メダル獲得数も小さくなっているのは、アメリカでさえ昔のように圧倒的な国力を保持するのが難しくなっている証拠であろう。

 それに対して昔はスポーツ界では全く振るわなかった小国が頑張っているのは、アメリカなどとは反対に国力が高まっているからだろう。スポーツにおける成績は国力の反映である面が大きい。

 これを考えると我々国民は国のことを実質的に考える政治家を選出なければならない重要性が分かるというものだ。民主党は結果、国力を低下させたと断じられても致し方がないだろう。

 しかし安倍内閣の第3の矢、実質経済の発展は今のままではかなり難しいと思える。ネットによる情報の拡散で、日本の文物の質の高さを世界各国が認識して、その点では実質経済は少し拡大すると思えるが、その後は如何なものだろうか。

 18世紀から20世紀の前半までは多くの発明がされて、それらの発明を元に新しい商品が生まれてそれが経済を牽引した。しかし最後の大きい発明であるコンピューターの普及が1940年ころから始まって早や80年、経済を牽引するような発明はなくなった。

 先進国の経済を発展させるような状態は消滅したのだ。ヨーロッパでも元先進国であったギリシャ、スペイン、イタリアなどはこれから後進国と同じような国力しか持てなくなり、の荷物になる日は近いと思われる。

 後進国の経済が元先進国と比較して良くなったのは、規制緩和による価格競争が激化したからだ。同一商品であれば価格が低い商品を買うのは理の当然で、商品製作のノウハウを所持している会社は安い労働力を提供してくれる国に生産拠点を移した。

 新しい発明がなく、より質の高い商品を生み出すのは工学的な能力を要する。日本人は発明の才においては世界一とは言えないが、工学テクノロジーは世界一、いや世界でずば抜けて良い。これが今日本の国力が高くなっている原因である。

 下請け国は低い労働賃金が保てている時は仕事が多く、国力も増す。一時の韓国がそうであった。スポーツで良い成績を収めていたころは下請けとして労働賃金が低かった時期である。

 難しいことではあるが、賃金を上げないように支えていれば、いつまでも下請け国として国力は増すが、一旦賃金が上がると下請け国としては成り立たなくなる。この時に独自の工学的能力を高めるようにしていれば良かったが、韓国は日本のノウハウに頼ってしまった。

 中国も同じで、中国政府がやっていることは国力を将来に亘って下げますよと言っているのと同じである。中国という国家は人の模倣や技術を盗み出す努力を大いにやっているが、この政策は国を貧乏にする。

 韓国や中国、今でも遅くない。考え方を変えて新しい工学技術を自力で修得するように努力すれば正当で長く続く良好な経済を保つことができるだろう。

 平成時代は日本でも女性の進出が顕著になった時代でもある。私の分析ではこれが実態生活を低くする理由である。女性は動物として子供を育てる本能がある。これは保守的でなければならない。

 家計費をできるだけ抑え、将来に備える。大切なことではあるが、これは防御である。またスポーツの話しで恐縮だが、防御は攻撃より劣る。防御しなければならない場面はあるが、それはマイナーな場面で勝つためには攻撃をしなければならない。

 女性は攻撃より防御を得意とする。だからリッチになるのは不得意だ。最近の若い人は昔と違うとはよく言われることだが、それは主として道徳とか精神の問題であった。だが今の若い人が昔の人の若い人と違う点は攻撃的ではないということだ。これは今までとは毛色が違う。

 今は家庭では相対的に女性の力が強い。だから夫は妻の言い分を尊重し、一人で遊ぶようなことが少ない。しかし観察していると遊びも防御的である。昔の若い男のように無茶をしない。これは良いことだが反面、発展性がない。

 会社を興すには二つの面が必要だ。一つは会社を運営することに足りる能力である。これは案外難しくない。そこそこ営業ができる人はその程度の能力を持っている。難しいのはもう一つの側面である。

 それは『馬鹿さ』である。会社を興し、成功するのは最終的には120程度と計算できる。だから創業しても成功するとは言い切れない。それでも何も考えずに猪突猛進する性格がないと会社を興すことには至らない。

 学業成績が優秀であるとついそんな成功の確率を計算してしまう。そんな人は会社を興す気も起らない。女性も同様で防御姿勢が顕著であるので、会社を興したとしてもこじんまりしたものだろう。そしてそんな女性も例外的な人である。

 今企業の社員に給料として還元している率が増価している。それなのに消費は増加しない。それは将来のこと、老後のことを考えているからである。昔のように将来に夢があった時代では今より将来を考えて、大した貯金などしなかったので、個人消費が増大した。それが今は収入が増大しても消費は増大しない。

 将来に不安があるのが一番大きな理由であろうが、私は一番大きな理由が男女同権を過大評価していることだと考えている。間違っているかも知れないが一考の余地があろう。

 妻は夫に多少の餌を与え、大いに働かせば良いのだ。そして妻は遊び、子供を育てる。そうして夫にもっと大きい収入を得させれば良いじゃないか。

 国際的な規制緩和により値段競争が強まり、利益率は低くなる。発明がない現在、求められるのは技術力である。だから日本の国力は高くなった。それを現政権は知っているのか、規制緩和を喧伝する。

 それはいいことだろうか。現在は確かに良い。しかし仮に日本やドイツの経済が極端に良くなっても、その裏で経済破綻する国が増えるだろう。その現象はにおけるイタリア、スペイン、ギリシャ、ポルトガルであろう。いずれの日かこれらの国の経済は破綻して、その『つけ』が裕福な国に回ってくる。その時の政策はあるのだろうか。

 そして行き着くところ、全ての国で有形、無形に関わらず商品が飽和状態になる。それは経済が発展しないことを意味する。もう売るものがなく、経済は停滞する。収入は多くならず、将来に対する夢はなくなる。

 全てのことは、しかし、コントロール可能である。適正な規制緩和、適正な男女同権、適正な軍備など、適正という形容詞が必要である。

 約40年前、学者が石油は枯渇すると言ってアメリカなどは石油の輸入を始めた。しかし石油は枯渇しなかった。学者の未来予想はそのようにしていつも外れる。外れる理由は簡単である。予想するに足る全てのデータが入力されていないのだ。特に人の精神力に対する考察がない。

 私が上記のことにも人の精神力に対するデータが入っていない。だから上記のような悲惨な状況を打破するにはそれに立ち向かう精神力を発揮すれば良い。そうでなければ人の未来は暗いものになる。

酒巻 修平

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