情報社会での生き方

 現在の日本では言論の自由は保証されている。戦前は例えば天皇陛下の悪口を言うと不敬罪で刑罰に処せられたし。江戸時代まで遡ると政府のやり方の不平を述べると罰せられた。

 そんな上の者だけが下の者に一方的に要求を通すことがなくなって、とても良い社会になったと言える。新聞も戦時中は大本営の発表を検証することなく、伝えることを要求されたが、それもなくなった。

 では言論の自由とは何であろうか。自由にどんな事柄も述べる権利があると解釈できそうだ。権利があるのであれば当然その裏には義務が発生する。これが守られないから問題が頻発する。

 報道の自由は報道陣の伝家の宝刀である。しかしその裏にある義務を故意に全く忘れている。報道の自由という権利は報道する内容が真実であるという義務があるという制限が付く。

 朝日新聞は吉田清治という詐欺漢が書いた本に基づいて、戦時中軍部が済州島から一般韓国人を大量に慰安婦として徴用したと繰り返し、繰り返しあたかも事実のように報道した。吉田清治という詐欺漢が本に書くくらいでは大きな国際問題にならなかったであろうが、朝日新聞が大々的に報道するとそれは国内外で事実として信じられることになる。

 こんなことは実際にあったのか別々に2人の韓国人記者が現地に赴いて調査した。だがそんな事実はなく、吉田清治は嘘を言っていると発表された。この発表は日本人ではなく、韓国人がしたということに意義がある。

 その2人にはこの問題が後々大きな国際問題に発展するということは念頭になかっただろうから、こんな事実を発表したと思われる。今の韓国であれば自国の利益を考え、発表しなかった可能性もあると推測する。

 吉田清治がどんな本を書こうが自由であるが、彼は本来の義務、即ち、事実を述べるということを無視して、金を稼ぐ目的のためだけにこんな本を出版せしめたのだ。そしてこのことを助長したのが朝日新聞だったのだ。

 しかし彼らだけを非難するのは不足である。むしろ非難されるのは日本政府であろうと私は思う。慰安婦に関して、朝日や吉田が述べたことが事実かどうかの検証を行わずに河野談話があり日本が謝罪する無能さが悔やまれる。

 まして日本が韓国の世論を緩和するために金を払ったりする行為を我々国民は許して良いのだろうか。政府は怠慢であり、情報の処理を誤ったという以外にない。

 我々が日々接する情報は新聞、テレビ、ネット、友人、知人、近隣の人の噂など多岐に亘っている。私は個人生活も社会生活も長くなっているので、これらの情報の正否、欠点、矛盾などがある程度分析できる。

 例えば「あのお医者さんは良いわよ」などを聞いてそのお医者さんに行っても良かったこともあるし、駄目だったこともある。お医者さんの患者に対する態度が良かっただけで、医療行為に対する能力が極めて欠如していることもあった。

 ネット上では情報は氾濫している。その中には真実も含まれているし、国粋主義的な主張も極めて多い。彼らがそんな情報をネット上で流すのは売名行為、自己満足に加え、小さな金でも稼げるチャンスがあるからだ。

 日本が如何に素晴らしい国であるかを小さな事実だけで、喧伝して、読んで行くと恥ずかしくなることも多い。日本人は他国と比べて親切である。というのが多い。だが私はアメリカでどんなに親切にしてもらったか分からないほど、親切にしてもらった。

 情報は割引して受け取らなくてはならない。特にマスメディアは客との権利義務関係が複雑に絡み合い、本当のことを報道しているように思えないのだ。本当というのは事実関係を誤解させないように全貌を表すことである。

 朝日新聞はかつてインテリが読む新聞という評判があった。終戦から間もなく、社会主義や共産主義を標榜するのはインテリの特権のように思われていた時期があって、私も朝日新聞を取っていたことがある。

 余談になるが、私が朝日新聞の購読を中止したのは他の人とは違う。朝日の一面の記事を読んでも理解できない内容があることが多かったからだ。文章の構成上意味が2つに取れることが多い。後々分析するとそれは形容詞と副詞の文章内で置かれている位置が適正でないと分かった。

 朝日はその程度の新聞で、もはやインテリ向けではなくなった。ところで国は敗戦後義務だけを持ち、権利は法的には持っていないのではないかと思っている。これは私の解釈違いかも知れないが、もし何等かの権利を持っているなら嘘の報道をした朝日新聞を名誉棄損で訴訟すべきだったと信じている。そんな検討もせずに唯々諾々と朝日新聞に捏造された国際世論に流され、在りもしないことに謝罪をするなど政府も無能だと言う他はない。

 情報は事実である部分だけを取り入れなければならない。それには自分自身が正しく、そして社会常識を理解しなければならないが、目が曇っているとどうしても流されてしまう。

酒巻 修平

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