大相撲力士の怪我

 今の大相撲を見ているとほとんどの力士が怪我をしている。我々が若いころも大相撲は盛んであったが、手足に包帯を巻き、サポーターを付けている力士は極めて少なかった。

 そんなことをするのは恥ずかしいと力士も思っていたし、大体怪我をする力士も少なかった。近頃急に怪我をする力士が増えた。

 原因は体重増加にあると言われていて、これは本当だが、相撲の取り方や自分の体の動かし方にも原因があるように思える。その副作用として相撲が面白くなくなった。

 相当昔だが、栃錦と初代若乃花の両力士は今の力士と比べると小兵であったが、力は格段に勝っていたと思われる。二人は土俵上で毎回熱戦を繰り広げて、手に汗を握りながら観戦したものだった。

 今はどの解説者の話しを聞いても立ち合いが最重要であると解説する。それは間違いがないが、それには原因がある。

 今の力士は肉弾相打つという感じで力任せ、体任せで相手を押し出すか、隙を見てはたき込む。一瞬の勝負に目を離せないが、何とも味気ない。

 相撲は日本の古武道の中で唯一伝統的な体の使い方が残っているスポーツだと思う。柔道も山下康弘が最後になって伝統的、効率的あるいは驚異的な体の使い方をしなくなった。あるいはできなくなったか、指導者がいなくなった。

 今でも山下やその前の加納治五郎の柔道は見ることができるので、参考のために見てみるのは面白いだろう。山下などは圧倒的な力で外国人選手を投げる。

 それ以降外国人選手が強くなったから、接戦になったと推定することもできるが、見ている限り彼らは強くはなっていない。日本人選手が弱くなったのだ。

 力は胸板の一番厚いところの深部の真ん中辺りを支点として、放射状に伝えていくのが効率的だが、それを忘れて腕や腰の力などで投げようとしている。これは伝統的な力の入れ方ではない。

 そんな中で大相撲は辛うじて日本古来の伝統が廃れずに残っているスポーツだが、だんだんと考えが変わってきて、体重を増やし、それを利用して、相手を負かす努力をすることとが多くなった。

 そうすれば自分の体の制御が自分でできない。一瞬のはたきや突き落としで逆転されることもままある。そんな時が怪我をする一番可能性の高い場面だ。相手の力士も自分の体を制御していないから、負け方が危ない。

 昔の力士は負ける時も自分の体をコントロールしながら負けた。それが今はない。手や足に神経が行き届いていないから勝った時も負けた時も手足に負傷をすることが多い。

 立ち合いの時に足や腰を使いできるだけ、早く低く当たると有利に勝負を左右できると考え、親方もそのように教える。しかしそれは違う。引退した貴乃花などは受けてから攻撃に転じても強かった。

 今辛うじてそんな相撲を取ることができるのは白鵬だけだ。しかし白鵬と貴乃花の両力士と相撲を取ったことがある力士は受けてから攻撃に転じるのが貴乃花で、白鵬と比べると貴乃花の方が強いと言っていた。貴乃花は所謂横綱相撲を取ったと言うのだ。

 今熱戦と言って観客を沸かせるのはほとんど突き押しの応酬が長い相撲だ。有名な栃錦と若乃花の一戦は栃錦が若い若乃花の持久力を考え無謀とも思える巻き替えが功を奏さず負けた。しかしそこまではがっぷり四つになって動かない時間が長かった。

 栃錦は後で息を止めておく時間が短くて負けたと言っている。こんな相撲を取る力士は今いない。言われてみれば力を思い切り入れる時は自分でも息を止める。

 今貴景勝が大関候補として名乗りを上げているが、横綱にはなれないだろう。彼は単なる勢い相撲を取るだけだ。

 白鵬と同様な体の使い方、筋肉の力の伝達の仕方をしている力士がもう2,3人いれば大相撲はもっと面白いけれど。しかし白鵬は性格が悪すぎ。立ち合いの時に相手に会わせないで、タイミングをずらしたりしてこすっからい。

 親方は立ち合いばかりではなく、力の伝達方法をもっと教えた方が良い。そうすると体のコントロールも利くし、怪我も少なくなるだろう。それに体重も減少すると思われる。

 今の力士の筋肉の密度は低い。重さだけで相撲を取る力士が多すぎて、昔なら幕内に上がれないような力士が巨漢故に良い成績を収めたりする。

 30年後のことを考えるとこの辺で昔の力士の取り組みの様子をもう少し研究して、相撲の取り方を考え直すべきだと思う。

酒巻 修平

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