日本人は幸せか

 幸せとは自分の心の満足感です。経済的には世界のどの国の人より一般の日本人は恵まれていますが、どうも幸せと考えている人が少ないように思えます。

 アメリカでは生まれた土地を一生離れないし、旅行もできず、そこでささやかに暮らす人が多く、経済的には恵まれていませんが、それでも幸せと感じている人が多いのです。

 アメリカでは財産が1京円を越える人が何人かいて、富が日本と比べると極めて偏在しています。日本人の感覚には「和を以て貴し」とする感覚があり、富を独り占めする人は忌み嫌われます。

 ですが、国土が狭く、そのために日本は他人との距離が近すぎます。ですから人は過剰に他人に干渉します。それは困ったものです。大きな家に住む人へのやっかみも多く、近所には必ずと言っていいほど嫌な人物が混じっているようです。

 実際何かトラブルがあってもそんな人は助けてくれることはなく、結局路傍の石と同じ状態なのです。近所ではなくても周りにそんな人が多いのは事実です。そんな人は無視するに限ります。

 幸せはお金では買えません。逆にお金を持ち過ぎている人には不幸な状態の中で生活している人が多いように見かけます。

 そもそもきっちり食事を摂ることができる人は世界で30%しかいないのです。これだけでも日本人は幸せなのですが、そう感じない人が多いのは何故でしょうか。

 ある時アメリカの田舎町へ仕入れに行った時のことです。昼間は仕事がなかったので、ちょっとした酒場で時間を潰していました。

 その時私より少し年配のアメリカ人が入ってきて、アルコールを飲み始めました。バーテンと会話をしていて、日本の自動車メーターが進出してきて、自分が勤めている会社がリストラを初め、職を失くしたとのことでした。

 当時アメリカは日本と比べても極めて裕福な国だとの認識があったので、この光景は意外でした。しかし、その人はとても不幸そうな顔をしていました。それはそうでしょうね。職がないのですから。

 今日本ではほぼ全ての家庭で電化製品が揃っています。お母さんの仕事量は激減して働きに行く時間ができました。働き口もあります。

 状況を観察すると日本人が不幸になる要素は昔と比べて、とても少なくなったのですが、しかし自分が不幸であると感じている人の割合は高くなりました。

 確かに幸不幸は経済的な原因でなる訳ではありませんが、それでも食べるものはあるし、物質的に何ら不幸になる要素がないのに不幸と思っている人が多いようです。

 どうも現在の自分より将来の自分の方が経済的にもあるいは子供の問題でも今より状況が良くならないと幸福だと感じないのかも知れません。

 だとすると将来の日本人は不幸な人だらけになるでしょう。これから銀行は消滅に向かって進んで行くし、そうするとリストラされる人も出てきます。

 社会は大きく変わり、貧富の差も広がるでしょう。一部の人が富を独占し、他の人は食べるのが精一杯になる世の中がくるかも知れません。

 そんな時でも幸せは心の問題だと思えるでしょうか。やはりある程度の経済力があることが前提になって、幸せという感覚が生まれるように思えます。

 今、政府主導で男女同権が叫ばれていますが、これも不幸になる一因だと考えています。一部の能力のある女性はこの恩恵を一身に受けるでしょうが、一般の平凡な能力しか持ち合わせない女性は決してこの制度を歓迎していないように思えてなりません。

 女性に叱られるかも知れませんが、私は政府が主導するような男女同権を認めませんし、違う形で女性を大切にしようと考えています。

 表面的な国力を重視したり、的外れな政策に資金をつぎ込むような状態も見られます。どうも日本人や日本という国は自分を不幸にするような行動を取り過ぎる感じがします。

 私は趣味を幾つか持っていますが、どれもお金が掛かりません。掛かったとしても少額で、そういう意味では私は幸せだと思っています。もう少し他人と精神的な距離を置いて、自分自身が楽しくなるような生活をしたらどうでしょうか。日本人同士は近すぎます。

 平均的な日本人は世界のどの国の人より裕福です。何をするにも便利だし、他の国から羨ましがられています。そんな国に生まれ、育ったことはラッキーなことです。そのことを考え、誠実に生きていけば必ず幸せになると考えますが、私の考えは間違っているでしょうか。

酒巻 修平

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