右左を間違う整形外科医

 子供が生まれたころ家に風呂が欲しいと思い切って小さな一軒家を買った。寝室は二つ。確か6畳と4畳半だったと記憶している。

 子供は上の子が女、下二人が男であった。まだ小さかったので、二階の6畳間に親子5人が川の字になって寝ていた。私の隣は下の男の子である。

 ある夜私は夜中に寝がえりを打った。でも隣はまだ小さい下の子で、寝返りを打った時にその子の左腕の上に乗ってしまい、その子は腕を骨折した。でも夜中のことなんとか痛がる子供をなだめてその夜は過ごした。

 あくる日、駅近くにある中規模の総合病院の整形外科を訪ね、子供の腕を診て貰った。やはり骨折していた。すぐにギブスを嵌め、腕を固定してもらった。

 そのお医者さんの話しでは子供はまだ年も小さいし、治りが早い。1週間もすれば完治するだろうとのこと。一応は安心したが、その間子供は遊べない。

 6畳に5人が寝ているからそんなことになるのだと考えたが、何しろ小さい家。何とか我慢するより仕方がない。

 ある夜私はまたその子の方に寝がえりを打ちそうになった。またその子の腕に上に乗ってしまったら大変だと思い、反射的に寝返りを途中で止めた。その時声を出したのだろう、一番向こうに寝ていた妻も目を覚まして、私を叱った。

 叱られながらも子供のことが気になり、腕を見た。何と子供の腕にはギブスがないではないか。遊んでいるうちに取れてしまったのかと思い、困った。

 骨が変な風にくっ付くと腕を手術して骨を接ぎ直さなければならないなと、自分の迂闊さを反省した。しかしギブスは相当頑丈に施されたはずなのでそんなことは起こり得ないなとも思って、ふとその子の右手を見た。

 何とギブスはその右手にしてあった。私も治療中立ち会っていたので、不注意だったが、医者は間違って何ともない方の腕にギブスを嵌めたのだ。子供もそれを疑問に思うほど年がいっていない。

 この処置に腹が立って私は明くる日早速病院を訪れて、クレームした。今度の医師は違う人で、骨折した後を触診するともう治っているという。医師には謝りの言葉もなかったが、そんなことより子供の骨折が治ったことが嬉しかった。

 しかし考えてみるとおかしい。最初から右手に嵌めてあったギブスは付け替えたりしていないので、子供の骨折は自然に治ってしまったのだ。

 当時は貧乏だったので、そんなことなら病院へ行って治療費を払ったのが惜しくなったが、後の祭り。でも治ったから良いかくらいの気持だった。

 余談になるがその病院は妻が大きい病院だから良いと言って、子供が病気するといつも連れて行っていた。

 その子は喘息が生まれた時からあって、時々その病院で診てもらっていたが、ある時も余りに息が苦しそうで喘鳴が酷いので急いでその病院に駆け込んだ。

 担当をしたのは若い男の医師だった。子供はゼイゼイしている。その医師はしかし聴診器を当てながら「喘鳴はありませんね」と言うではないか。私は前のことがあるので、この病院を信用してなかったので、怒りが頭に来て文句を言おうとして時、隣で診察していた女性医師が「私が診ましょう」と診察してくれ、薬を処方してくれた。

 聴診器を当てて喘鳴が聞こえないのはどのような作用なのか、いまだに分からないが、その医師はその後どのようになったのか、とても興味がある。

 またその後その子が喘息で入院した。ところが入院してから3,4日経ったころ病院から携帯電話に連絡があり、その子が病院から抜け出したとのこと。

 急いで病院に駆けつけると子供はまだ帰っていない。警察に連絡して居所を探してもらって待ってしると、自転車に乗った警官が子供を抱えて来てくれた。大きな道路の真ん中で泣いて立っていたとのこと。抜け出した子供も悪いが、病院の管理も杜撰である。それから妻と大喧嘩をして私は我を通し、その病院には行かなくした。

 それから20年ほど経って私は50肩を患った。麻布十番の整形外科の診断を受けることにした。痛い箇所を用意された図に記して待っていると診察室に呼ばれた。

 医師はどこが痛いのかと腕を抑えながら、尋ねる。「ここは?」「大丈夫です」「ではここは?」「痛くありませんね」「ここは?」「そこも大丈夫です」

 医師はちょっと怒ったような顔になり、私に聞いた「ではどこが痛いのかね」

その時は私も50歳を過ぎていて人間も相当悪くなっていた。そして言った。

 「痛いのは触っている右手ではないよ。左手なのは図示したでしょう。何のために患者にそんな手間を取らせるのかね」と医師を叱った。

 整形外科医は左と右をどうも間違うようだ。それはそうだろう。患者から見るのと、医師側から見るのは違うから、ある程度は仕方がない。しかいもう少しその辺のこところを考慮して診察に当たるべきだとも思うが。

 骨折をした男の子はその後学校を終えて今や40何歳。娘が一人いる。もうおっさんだが、その息子の顔を見ると若かった日にあの病院に行ったことが思い出されて、つい笑ってしまう。

酒巻 修平

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