経済評論家上念司氏と銀行質屋論

 経済評論家の上念司氏は正当な切り口とはっきりとした言葉で日本を取り巻く経済状況を評論され、単純明快で読んでいるとなかなか面白い。

 いつの評論かきっちり日付は把握していないが、金を貸すのに銀行は担保を取るからこれでは質屋と同じだというのがあった。

 上念氏は評論だけではなく、実業もやっていらっしゃるようだから銀行との取引も種々あるだろうし、そんな中から銀行質屋論が出て来たのではないかと推測している。

 もし他社からの仕入が発生しなければ銀行からの借り入れは上手くいかないケースも多いし、ましてそれが自社の人件費の支払い用の運転資金だと銀行は確かになかなかお金を貸してくれない。

 しかしだからと言って、製造業や卸売業に金を貸さないかと言うとそうではない。私の経験したところ、ほぼ担保をなしに10億以上のお金を貸してくれたことが何度もある。

 一面、雨の時には傘を貸さないのが銀行だとの批判が中小企業から頻出する。だが考えてみよう。自分が金を貸す立場になると事業が上手くいかない会社に金を貸すだろうか。

 もしそんな心構えがあるならリスキーで高利回りの投資信託を買えば良い。しかし上念氏もそんな投資信託を買うのには二の足を踏まれると思う。

 銀行では小企業に対しては会社の状態ではなく、経営者を見て融資すると融資担当者が常々話していた。私が優秀であったか、誠実であったかは自分自身では判断できないが、銀行の視点では私は融資をしても良い経営者に写ったのだと思う。

 結論としてこの銀行質屋論は間違ってはいないかも知れないが、偏った見方だと私は思う。上念氏が銀行から無担保で融資が受けられないとすると、氏は経営者として銀行の目からは融資をできない相手だったのではないか。あるいは融資を受けるつもりも必要もなく、論理や推理で銀行業務を評論しているとも思われる。

 各種評論家や学者が未来予想をされる。ある評論家の予想はとても良く当たるとされているが、私はまだそれを検証していないので分からない。

 かつて人口増加による社会や自然に対する弊害が取りざたされて、ほぼ全ての学者や評論家がそのことを過大に言い述べたが、人口増加どころか人口減少が問題になり、今や危機的状態にあると今度は声高に主張している。

 現状、確かに人口は減少傾向にあるが、世界的に見ればどうだろうか。未開発国では人口は減少しているのだろうか。私は評論家ではないので、調査もしないが案外そんな国々では増加傾向にあるのではないだろうか。

 評論家や学者はデータを元に推論してゆく。しかしそのデータが不十分であった場合、推論は当たらない。コンピュータ―を操作する時に何か一つのデータが入力されていないと関数の結果は飛んでもないことになる。

 我々が若い時、石油は40年で枯渇すると言われていた。それから40年経った今、石油は枯渇しただろうか。むしろ需要が供給より少なくて、産油国の経済を圧迫する事態が起こっているようだ。

 データの欠落の一番大きな点は人の精神が入力されていないということだ。社会活動は人の意思が最初にあり、その上で実際の行動がある。ある日何かの理由で夫婦がより多くの子供を欲しがる事態が発生すれば、人工減少の傾向は一転して増加に向かう。

 政府はその点を考慮しないので、単純に経済的な理由だと決めつけ、少しでも子供を持つ所帯をお金の面で優遇しようとする。しかし子供の数が減っているのは何もお金の問題だけではないだろう。

 今の女性は母親になっても遊びたい。だから多くの子供を持つことをしない。もちろん例外もあるが平均的にはそうであろう。あるいは年金が将来支払われないとか、経済発展が見込みないなど、将来への希望や夢が見られないということも原因としてあるだろう。

 男性の精子の数が減少し、昔ほどには女性と交わる欲望が減ったとも言われる。これに対処する方法はあるのかないのかは分からないが、人工減少は一概にお金の問題だけでは済まされない。

 話しが反れてしまったが、上念氏は銀行がいずれ消滅する可能性があると述べられている。あるいはそうかも知れない。しかし銀行が存続の強い意志を持ち、その努力をしたならば、どうだろうか。それでも消滅するのだろうか。

 だんだんコンピューターに頼る社会になってきた。銀行が消滅して、ブロックチェインとやらで経済活動がなされるとどんな社会が現出するのか。こんな社会の存在は阻止しなければならないと思うのは私だけではないと思う。

コンピューターは計算機の一種で道具でなければならない。それがコンピューターが先ずあって、その上に社会が成立するなんてことを考えるとゾッとする。

私はコンピューターのプログラムを組むことができるし、それを使っている。しかしそれは一種の計算手段でしかない。

銀行が消滅すると困る人が多いだろう。人の一部の能力だけを使って金儲けをする社会はどうも歪だ。人の本当の能力の必要性はコンピューターの操作テクニックだけではない。

Youtubeは見ていると飽きない。しかし現実を踏まえたフィクションと見なければならないような気がする。韓国や中国の経済が破綻寸前だとの意見が多いが、果たしてどうだろうか。

 確かに両国の経済状態は良くない。これは事実だろう。しかしそれを以てストレートに破綻に向かうと言い切れるだろうか。韓国の大統領が罷免され、中国の共産主義が消滅すると話しは別だろう。それは書いてあるが強調はされていない。

 人間社会は人の意思の総和から成り立つ。そんなことを考えながら、Youtube の政治、経済評論を読むと面白い。

酒巻 修平

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