No.2がいると会社は発展する

 自分で会社を興し、運営するのは一種の冒険である。過去有名な冒険家は数々いた。アムンゼン、コロンブス、間宮林蔵など、命の危険を顧みず冒険、探検に出かけた。

 しかし目的を達した冒険家はほんの一握りしかいない。目的を果たせなかった冒険家は命を失った人が多いだろう。しかし何故か冒険は人を駆り立てるのだ。

 目的達成は自己満足と名誉をもたらすからだ。会社を興すのも良く似た動機によるのだ。ここでは命を落とすことはないが、小さな財産や現在の地位、収入が消滅する可能性がある。

 それでも会社を興す人が後を絶たない。社長と言われ、大きな収入は魅力的だ。一つの物事には裏表がある。会社の経営に成功する裏には悲惨な現実が待っているのだ。

 先の冒険家は所謂馬鹿さ加減を持っていた人たちだ。命より自己満足をもたらす冒険を選んだのだ。会社を興すにもこの馬鹿さ加減を持つことが必須条件である。

 現在の地位や収入を確保しながら会社を興そうとする人はまず成功しない。もちろん例外もあるだろうが、よっぽど取り巻く環境が良かったのだろう。

 会社を興すにはもちろんそれだけの能力が必要だろう。営業的センス、金銭のコントロール、経験など会社を経営するにはオールマイティでなければならない。

 しかし人はオールマイティではない。何か欠点や弱点がある。それを補うのが社員という仲間だ。だから会社はcompanyと言われる。

 しかしそんな小さな会社に就職する人はだいたい能力がない。あれば自分で経営するか、もっと大きな会社に就職するだろう。

 だから経営者は一人で会社を切り盛りする必要がある。いつまでそんな状態が続くか分からない。会社がある程度の規模になるまでか、それとも自分が会社の経営を中止するまでか、兎に角当初社長だけが働き、他の社員は雑用係だと思わなければならない。

だが能力と馬鹿さ加減の両方を持ち、互いに欠点、弱点を補い合える人と会社を興すとどうだろうか。

 精神的にも能力的にもこれは鬼に金棒だ。互いに助け合い、得意な仕事を受け持ち共同で会社を運営するなら成功率は一人でやるより比較にならないほど上がる。

 トヨタ自動車がそうだった。何度か倒産の危機はあったが、技術畑の人と営業畑の人が助け合いながら経営した。結果は知っての通りだ。

 しかしここにも危機がない訳ではない。お互いが自己の欲望を主張しだすと、仲違いが始まり、結局二人は別れる。その時会社の規模がある程度になっていれば別れた会社にもNo.2がいるかも知れない。

 これが大塚家具のケースだ。No.2と思っていた娘が自己の欲望を丸出しにして、創業者を追い出した。そして会社は倒産の危機に瀕し、とうとう身売りをしてしまった。

 ある大手の人材派遣会社が時流に乗って大きくなった。しかしNo.2がいない。もう駄目かと思った時、No.2候補が入社してきた。そしてその候補は本当にNo.2<になり、会社はますます成功し、大きくなった。

 No.1はどこにでもいる。貴重なのはNo.2なのだ。自分自身もそれなりの能力を持っているのに、No1を補佐し、敢えてNo.2の地位に甘んじる。それは大変なことだ。

 人には欲望があり、それを満足させたい。中にはNo.2の地位の方が居こごちが良いという人もあるだろうが、極めて少数派だ。大きい名誉と収入がある方が良いに決まっている。

 起業してある程度成功すればやることは二つ。将来の展望を考える、そしてNo.2を何とか探し出す。この二つだ。会社の運営は極めて苦労が多く、楽しい時は少ない。だからその裏側に大きな収入と名誉がある。

 誰にも使われたくないというだけの理由で企業する人もいるだろうが、こんな人は大きな収入も名誉も得られない。

酒巻 修平

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