無条件で日朝会談 賛成52%

 賛成した人は北朝鮮に拉致された被害者の救出のことを考えてそのような意思を示しているのか、それとも北朝鮮の核兵器廃棄を目標にしてもらいたいとの日本政府の行動目標を求めているのか、本当の理由は分からない。

 しかしここで考えたいことは賛成という意思表示をしている人たちは果たして北朝鮮を取り巻く国際情勢、国内事情、日米関係、米中関係、米韓情勢、韓国の内政、日本の国内事情、その他必要なデータを持っているのか。持っていてもそれを分析、統合する能力と見識を元に発言しているのか、傍からは分からない。

 外交に関する政府の見解や行動指針は複雑かつ制限的であるのは言を待たない。これと行った絶対的な行動方式があればそれに従うが、政治はそんな単純ではないことくらいは常識で判断できるだろう。

 だから賛成とした人のほとんどの人の発言は無責任と言わなければならない。詳細なデータや分析もなしに、自分の考えを述べるには外交は複雑過ぎ、一般国民から遠い行動である。

 政府はもちろんそんな賛成の人の意見に耳を傾けることはない。無責任な意見を聞くということは自分も無責任になるからだ。これは当然のことだ。

 そんな意見を述べる人は多分自分を取り巻く社会生活から得た勘とか感情などを手掛かりにしているのだろうが、これは一種の危険行為である。

 選挙権を持つ我々は議員を選ぶ時にこの勘とか感情とかを判断基準にすることが多い。あるいはもっと不真面目に被選挙人の顔が良いとか、名前が売れているとか、そんな政治能力などとは無関係なことを投票する根拠にしている人も沢山いる。

 私自身も自分が選挙権を持って投票に行って良いものかどうか、毎回悩む。たった一票でもその一票が大切だと選挙の管理をする担当は言うが、人のモチベーションを考える時、果たしてその一票のために全ての被選挙人の公約を聞き、その人の能力や人柄を調査するであろうか。あるいはそんなことが実際可能であろうか。

 ここに投票することを棄権する選択肢がある。もし私にそんなデータがなければ私の一票は間違った選択をするのではないかと危惧する。一時野党に投票したことがあるが、その野党が政権を取って日本には良いことがなかったと思っている。これは自分の間違いだった。

 私の回りの人にも聞くことがある。そして誰も被選挙人がどのような能力を有し、いかなる人格の持ち主かということを知っている人は一人もいない。

 ここに素人が国の政策に意見を述べる恐ろしさが内在している。もしそんな意見が間違っていて、その意見を尊重した政策が取られたらこの国の運命はどのようになるのか。

 会社を例に取ってみよう。新入社員が社長に意見を言えるだろうか。言う能力があるのか。その新入社員は会社を取り巻く環境、会社の状態その他意見を言う能力があるのか。

 会社には民主主義は存在しない。何故ならそんなものを導入すれば会社の経営は成り立たないからだ。会社の運営は選ばれた人に委ねられるが、根本にある考えは株式の保有比率によって会社の方向が決まるということだ。

 会社の方向を決める権限があるという裏には株式を購入するという義務があるからで、ここでは権利/義務の関係がはっきりしている。

 選挙は日本国民で18歳以上の人なら誰でも参加できる。ここにはその裏付けとなる義務がないのだ。日本国民であるという義務はあるがこれには努力も要らない。

 戦前のように選挙権を得るには一定額の税金を支払っているなどの条件、即ち義務が課せられていた。これが正しいとは決して思わないが、それも一種の方式ではある。

 今は日本国民でなくても日本にある程度以上滞在する外国人にも選挙権を与えろとの論争がある。左翼系の国会議員もそのような主張をする。それでは日本国全体のことを考えずただただ自己の利益の追求に邁進するだけだ。

 意見は意見を言える人だけに与えられる特権である。主婦は収入と支出の相関関係を見て行動するので、ここでは意見を言う権利がある。支出の管理という義務を果たしているからだ。

 意見は重いのだ。国会議員が決まるのは国民の総意があるからだ、その総意が間違っていたらこの国は亡びる。意見を言う自信のある人だけが意見を言ってもらいたい。

酒巻 修平

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