学校の成績と社会での能力

 学校で如何に良い成績を残し、優秀な大学を卒業しても社会に出た人が、社会では優秀な能力の持ち主だとは決して認められないということは誰も知っている事実です。

 その理由は何でしょうか。東京大学は日本では一番優秀な大学の一つであることは誰もが認めるでしょう。しかしこの大学の卒業生が中小企業に入社して仕事をしても必ずしも立派な仕事をしてくれるとは限らないのです。

 大企業ではしかし重宝されます。しかしそれはその人が持っている能力が高いことが原因ではありません。この人たちは決められたことをきっちりと時間内でできる能力は持っていますので、システムが完備されている組織内ではその種類の能力が求められるのでしょう。

 しかしだんだん地位が上がり、会社の行く末を考え、今までになかった考えを構築し、会社を運営するようになると、能力のなさが露呈することもまた多いのです。

 何故でしょうか。それは今までの自分の脳の訓練、使用の仕方が間違っているからです。即ち学校での勉強のありかた、求められる能力が完全に間違っているからです。

 私は現在の入学試験の内容は知りませんが、我々が大学あるいは高等学校を受験する時の入試のあり方はまだ覚えています。それは主に記憶を試すことが多かったようでした。

 小学校あるいは幼稚園のこともあるので、大体3あるいは6歳から大学卒業なら22<歳くらいまで、学校で勉強をします。人の脳が一番発達するこの大切な時期に学校で勉強しますが、この勉強の仕方が非常に拙いのです。

 東京大学に入学できるほどの記憶力の持ち主は思考あるいは創造能力もそれなりに備わっている筈です。しかし一番大切な思考と創造の勉強を無視する傾向が強く、従って学生は物を考えようとしません。

 何故なら入学試験の問題を解くのに記憶力を使うのが一番の早道なのです。自分の子供が小学校のころ鶴亀算をやらせてことがありました。問題を出すと考える間もなくちょっとした計算で答えを出してしまったことがありました。

 鶴亀算はたいして難しい問題ではありませんが、それでも少しは考えなければなりません。それなのに子供は考える時間を取らず、正解を出したのです。びっくりしましたが、これは学校の勉強の仕方からくる問題の解答方法だと気が付きました。算数や数学の勉強は考える能力を養う勉強です。それを記憶力で処理するなど、学校の勉強はどうなっているのでしょうか。

 国語の勉強も同様でしょう。文章が意味していることをある回答例から選ぶというのを覚えています。これも一定のルールを覚えてしまえば簡単に正解がでます。そうではなく、例えば色々な単語を列記して、その単語を全て使って簡単な物語を作るなんて問題はないのでしょうか。

 現在の試験は質問に答えることでなりたっているようです。しかし考えてみて下さい。質問することは答えることより何倍も難しいのです。社会に出ると質問する機会が答える機会より多いのです。質問すつ技術が拙いと仕事で成功するとは思えません。

 だから普通の人は質問をするのが苦手です。簡単な「昨日何をしていたの?」とか「あなたは洋服で赤と白のどちらが好きなの?」などの質問はできます。しかしそれらの質問は学校で教えられたことではありません。

 日常の生活の中から自分が考え出したものです。しかし「この制度はどんな趣旨で制定されているのか」「貴方の会社の社是は何ですか」などの少し単純ではない質問をすることは簡単ではありません。

 例えば夜のニュース番組の「プライムニュース」の司会者反町理氏は優秀な大学を卒業されているが、出席者に対する質問は当を得ていてとても鋭いものです。しかしこれは大学の勉強の中から生まれたものではなく、彼が所属した「雄弁会」で育まれた能力によっています。

 貴方には国あるいは地方公共団体から種々の通知や請求書が届いている筈です。その書面を見て下さい。そこには質問欄があってそれに答えることが要請されていますが、この質問に仕方がまた不明瞭なのです。

 それに対して貴方は質問に対する回答の仕方が分からないと、その書類を出した相手に質問をします。その時に質問するのがどれだけ難しいか自覚するでしょう。

 「この金額は不当と思うが、その理由は何ですか」と聞くとします。相手は多分「法律によって定められています」と答えます。

 しかし貴方はそんな法律があるかどうかを聞いた訳ではなく、不当と思われる金額が正当かどうかを確かめたいのです。そうすると上記の答えはあなたの要求を満足させません。

 だから貴方はさらにこう質問すべきなのです。「その法律が制定された趣旨や過程、社会情勢を説明して欲しいのです」。書いてみれば難しそうに聞こえませんが、実際こんな質問を投げかけることができるかどうかは疑問です。

 営業マンが売込みに行くと相手の質問に答え、商品の説明をしなければなりません。しかしもっと大切なことは相手の要求事項を聞き出すことです。これが上手な人は営業能力に長けている人です。

 創造することは思考するより更に高度な脳の使用形態です。受賞者には失礼ですが、今のノーベル賞の受賞内容が昔と比べると一段低いように感じます。

 プロの将棋家は先生から将棋を教えてもらえません。何故なら教えてもらうことにより自身の能力の到達地点が低くなるからです。

 今の日本には教育はありません。大学や高校受験のためのテクニックの要請団体に過ぎないのです。また大学の入試の内容を考える、あるいは教科書の認定する人たちにも思考能力が欠如しています。

 もし社会に出て成功しようと考えるなら、受験勉強より自分で考える力を付ける努力をすべきです。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です