頑固論

 世の中には頑固な人がいるという。いやほぼ全ての人が頑固かも知れないと考えることもできる。頑固ものと呼ばれる人はどんな人であろうか。

 頑固な人は人と対する時に実質的に迷惑を掛けることも多い。組織の運営もその人がいると齟齬を来すこともあるだろう。人を不愉快にもするし、その人が話している時は時間の無駄だとも感じてしまう。

 では頑固とはどういうことだろうか。自己の理念を貫くのとはどう違うのだろうか。そこに大きな違いがあるのだろうか。考えてみるのも後に役に立つこともある。

 頑固は例え間違っていても自分の意見を押し通したい性格の持ち主あるいは教育を施された人が陥る病気であろう。人が認めなくても事実だと信じる人の考えや行動は頑固ではないし、天才が持つ才能と言える。

 大陸は移動していると唱えたウェゲナーはグリーンランドの調査中に死亡してしまったが、その時には彼の論は誰も支持しなかった。しかしそれから数十年後、大陸が移動している事実が確認され、彼は頑固者から天才学者に昇格した。

人がどのように考えてもそれは自由だし、表現しても良い。どんな間違ったことを発表してもその段階では頑固であるとか、独自の見解だと評論を下す必要はない。読みたければ読めば良いし、読みたくなければスルーしても一向に差支えがない。

 書いている人は他人であるし、無視しても相手が嫌がることはない。だが、これが身近にいる人や仕事を一緒にする仲間だと物質的あるいは精神的被害が生じる。

 頑固な配偶者と運悪く結婚した人が取ることのできる手段は限られている。聞くふりをして聞き流すか、相槌は打つがジェスチャーだけ。会話の中ではそんなことができる。

 しかし夫婦間には実生活が発生する。頑固で間違っている考えに基づく行動は時間的、金銭的な損害が生じることが度々であろう。こんなことに悩んでいる夫婦は数限りなく存在していると思わなければならない。

 夫婦両方が頑固な場合は離婚に至ることも多いし、喧嘩が絶えないだろう。あるいは頑固な相手方に対していつも我慢を強いられる配偶者は離婚を言い出すこともある。

 会社での頑固者は会社のルールを守らない。現状ではこの考え、行動がとるべき最良の道だと全員が賛同しても、その頑固者は賛同する振りをして実行動では別のことをする。

 頑固者が経営する会社は大体破綻するが、一般的に成功している中小企業の経営者は頑固ではない。しかし会社は頑固者の巣であることも多く、経営者は頭を悩ます。

 しかし頑固者の意見を入れることはできない。権限に戻づいて頑固者が考えているのとは違う方針で仕事をさせなければならない。

 酒場で話しを聞いていると経営者あるいは上司の悪口を言っているのをよく聞く。これは経営者あるいは上司が頑固か話している部下たちが頑固かのどちらかであろう。

 正しいやり方は自分が正しいと思ったことは意見として発言するが、全員がその意見と違う意見で行動すると決まればそれに従うことである。しかしそんな全体の意見が情勢の把握間違いに起因しているとするとその会社はやがて破綻の道に向かうだろう。

 我儘は頑固とは違う別の悪癖である。この両性格を兼ね持った人と行動を共にするのはほとんど無意味あるいは有害である。我儘な人物は自分が正しくないと思っても自分のやり方を押し通す人で、この例は中小企業の経営者に多い。

 観察していると高級官僚はこの両方の性格を兼ね備えた人物で充満している。あるいはそのように見える。意見だけで高級官僚を採用する今のシステムも頑固、我儘である。

 かつて古代中国で採用された科挙の制度は国を衰退させてと聞いたことがある。これが本当かどうか研究するつもりはないが、もしそうなら今に日本の高級官僚採用試験はそのミニチュア版ではないだろうか。

 頑固な人の特徴は頭脳が柔軟でないことだ。激動の時代、そんな頑固な人は生き残るのは難しい。

 だが社会が頑固な人で充満しているとすると、少数な正しい人は頑固な人をいかにコントロールするか、研究し、実行しなければならない。そこに社会の煩わしさがある。

酒巻 修平

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