取り調べ 全過程 可視化

 警察は時には暴力を被疑者に加え、自白を強要するなど違法な取り調べをすることがままある。警察の捜査担当者が手柄を立てたいとか警察そのものの権威を社会に見せたいなどの意図から出たことであろう。

 それに加え自身に付与された権威や権限の行使に知らず知らずに精神的優位性や快感を求めることも皆無ではないだろう。

 私は一度交通違反の嫌疑で世田谷区の碑文谷署の取り調べを受けたことがある。バイクに接触したのに逃げたという嫌疑だった。ところがバイクが進路変更をして逆に私の車に接触した案件であった。私の車には大した損傷も見えないので、そのまま現場を去った。

 接触したバイクを乗った人物もあまりまともに見えなかったこともあったのだが、相手の過失を見逃したつもりでいた。だがその人物が上記署に捜査を依頼して私を拘束したのだ。

 警察署にいくと担当係官が私に大声で「このやろう、当て逃げしやがって」と罵ったので、私は腹が立ち、その係官の5倍も大きな声で反論した。「警官なのに、一般市民を恫喝するのか。謝れ」と。私は大声には自信があった。

 怒鳴られた経験のないその警察官は急にしゅんとして、小さな声で「あれはジェスチャーだ」と言うので、もう一度どやしてやった。その後バイクが損傷したという場所を見ると長さ1mm、幅0.5mmほどの傷とも付かない傷があった。

 これと私との接触の因果関係は立証できず、私の車には何の痕跡も残っていなかった。私の声が多き過ぎたので、署長が部屋から出てきたので、私はこんこんとその署長に説教をして、署を後にした。

 何の事件性もないようなこんな案件に警察官は大声を上げることがある。私は警察など単なる機関と思っているだけの人間だから、大きな声で怒鳴ってやることもできるが、普通の人ではこうはいかない。

 しかしこれは私の実体験で、警察官はそのように程度の低い人も多い。取り調べの全過程が可視化されるのはこのようなことがないようにすることであり、また反面自白を強要していないという警察、検察の利益にもなる。

 だが新聞記事にはこの法律(刑事訴訟法)の違反に罰則が記載されていない。刑事訴訟法のこの項に罰則があるのかないのか調べていないが、もし罰則規定がないと、取り忘れたとか資料を紛失したとか、画像が薄いとか警察側が言い逃れをしても道義的責任だけで、罪を負うことがない。

 罰則規定のない事項は法律あるいは制度に多い。税金を支払わなくても経営者たる社長にはその責任がない。あるいは商品の価格は税込み値段を表示しなければならないとされているのに、税別の値段の表示は後を絶たない。

 商品を買う方は安いと思ってもその後消費税を取られると思ったより高いと感じることもあるだろう。売り手には消費者に安いと錯覚させる意図があるし、政府は消費税の率を上げたことを隠す手立てとしてこの制度を利用している。

 もし会社がある年莫大な利益を上げ、税金を支払わずに実質解散すれば国家はどのようにして税金を徴収することができるのか。外国人が経営する会社がそのような手順で脱法行為を図っているとよく聞く。

 掲題の件もそうであろう。何か不都合なことがあると警察側は罰則規定がないことを奇禍として上記のような言い逃れをすることが想像される。

 取り調べの可視化の責任者を定め、もし可視化をしていなければその責任者を罰するような規定が必要だ。

 何故こんな杜撰な法律の改正を行うのだろうか。もちろんこの利点はあるし、可視化を妨げるような取り調べ側にないと信じたいが、今までも冤罪事件が多くあった。中には冤罪で死刑を執行された例も聞いている。

 もし罰則規定が賦課されると100%近くこの規定が遵守されると思えるのだが、どうして罰則規定がないのだろうか。立法した担当政治家あるいは立案した官僚にその自信がないのか、予想できなかったのか、不可解である。

軽微な交通違反には必ず徴収できる反則金を課す割にはもっと重罪な案件、事件には罰則規定がない。この国の考え方は歪ではなかろうか。

酒巻 修平

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